親にすら言ったことがないそんな僕が無敵の人になった理由を書き残していこうと思う。

自分を誰かに知ってほしい、誰かにあんな奴もいたなとそう思ってほしい。

だからこれを残す。

 

横浜市の内陸部、田舎の方の団地で育った。

父は中卒のタクシー運転手、母は短大卒のパートだった。

問題は父だった。

小学生の頃から喧嘩が絶えない家庭で頻繁に父は僕に暴力をふるった。

小学校では教師も一緒になって僕のことをからかい、いじめた。

やりたくもない中学受験をさせられて身に入らない勉強をした記憶以外ない。

小学校3年生の時に「この人生はもうだめだ、来世に期待しよう」と思った。

 

中学高校でも日常は変わらない。

父はどんな些細なことでも自分の思うようにいかなければすぐに激怒し不機嫌になる。

「ちょっと来い」の一言ですら今忙しいと返すことすらできなかった。

不機嫌になると部活の遠征のための交通費などをくれなくなる。

将来お前は餓死するとよく言われ続けていたので将来不安も積み重なっていく。

 

大学に入ると母が我慢ならなくなり離婚した。

ちなみに大学費用は祖父が出してくれたお陰で入学できた。

離婚したときに父が盗聴器を家の中に仕込んでいたことが発覚し、気持ち悪さを覚えた。

とにかく支配的な屑だった。

 

ただそこから生き方が分からなかった。

人生を小学生から諦めていたので自分はどう行動すればいいのだろうかと。

支配から解放されて困惑したのを覚えている。

 

そして新卒で大手の半導体メーカーに入るも50代のおっさんからモラハラの嵐。

奴隷君と呼ばれ続けた。

他の人もそれを見て笑っていた。

わずか1か月で辞めた。

 

次の会社は大手保険会社のインフラエンジニアだった。

ここでも底意地の悪い上司を引いた。

挨拶も気づいてるのに返さないような場所だった。

だが底意地の悪さよりここは雰囲気そのものが合わなかったので僕が悪い部分もあるだろう。

ここは4か月で辞めた。

 

そこから自分の中で何かが吹っ切れた。

よく考えれば他人に親切にしていいことなんて一つもなかった。

良い人でいていいことなど一つもなかった。

 

家に帰れば暴言と暴力の支配と学校に行けばいじめ。

女子からは忘れ物を届けても気持ち悪いと言われた。

会社で笑顔でいても相手はムスッとした態度で挨拶も返さない。

笑顔でいればいるほど舐められる。

歩き方が変、顔がブス、覚えが悪い、毛深い、汗っかき、運もない。

 

狂った。

 

その日から人間を人間として見ることをやめた。

自分の本音を話すこともやめた。

人間は愚かだから何をしてもいい。

そう思うようになった。

 

そして無敵になった。

気に入らない奴には大声で怒鳴り飛ばし、時にはぶん殴る。

譲り合いもせず誰にも優しくしない。女子供もだ。

唯一残った理性は結婚はしないということだ。

 

父の遺伝子が入っている以上、妻にも子供にも同じことをする可能性がある。

苦しみの再生産だ。

未来の大切な妻と子供の為に結婚をしない。

してはいけない。

 

ただやはり本能で刻まれてるのか結婚はしたい。

だから今、それにブレーキをかけている。

キャリアがなくなれば結婚ができない。

選ばれなくなるからだ。

 

基本無職で時々パートに行くこの生活を続けようと思う。

死ぬまでの暇つぶしだ。

 

以上。