機内の通路を挟んで反対側に、ショートカットの50~60代の婦人が乗っていた。婦人の隣には小学生くらいの女児が乗っていて、後ろの席には旦那様、娘さんらしき方がいらっしゃった。

私は、離乳食の時間だったので、無謀にもあげ始めたが暴れて断念した。
そのときご婦人が「こっちからあげようか?」
と、助け舟を出してくださった。
「助かります。」
と。通路をはさんで離乳食を与えてくれた。


着陸後は手荷物をリフトから降ろしてくださったりと、何から何まですっかりお世話になってしまいまして、、。いいひとに出会えたことに感謝しました。
また、自分も人に親切でありたい。親切にすることをおしんではいけないと思わされた。

友達の結婚式だった。新婦とは大学時代の同期。久しぶりの
筋金入りの体育会系ののりに、ぽかーんとしてしまった。
すっかり忘れていた過去がよみがえってきた。


彼女は群を抜くトップアスリートで、共にすごした4年間で
共に笑い、共に涙した回数は半端ではない。
彼女は喜怒哀楽の哀を表現しない人だった。彼女の哀は悔しい

方だった。
竹を割った性格で、とても潔い勝負師タイプ。いじいじしたり
小さいな事を気にする私はとても助けられた。


そんな彼女が結婚するときいて、心からお祝いしたいと思った。


私にとって大学時代の部活動はとても苦い思い出。

華々しい結果を残すことも出来ずにくすぶっていた。
また、ある意味弱肉強食の世界だった。
体育会系とは不可思議な集団で、独特の上下関係や価値観を持っている。
在学中から常に疑問に思っていた。


1年生のとき4年生の先輩がいた。
彼女は特待生として部活に入部したのではなく、一般入試で入部したらしい。入部したての私は衝撃を受けた。

男子の4年生の先輩が彼女の髪を鷲づかみにして、道場を引き釣りまわしていた。そして、誰一人として彼女を心配すらしない。
それどころか、彼女と話したり親しくすることはタブーだった。
私は、あんなにひどい目にあっても泣き言ひとつ言わないで、もくもくと練習する彼女を尊敬した。
一般入試で入部したならいつでもやめることが出来たはずなのに、最後まで諦めなかった。すごい精神力である。
彼女は、私のことを気にかけてくれた。私も彼女には心を開いた。
そして、私が新しい標的になった。稽古もさせてもらえずに2時間正座させられたことがあった。いつも胴衣が血だらけになった。
私は弱い人間だったので、何度も辞めようと思った。

そして、心のそこから部活が嫌いになった。
合宿中、専門用語を言われてわからなかったことがある。
たった一つの語句を知らなかっただけで、卒業まで監督から部員までに言われ続けた。
漢字もろくに読めないような人たちに、馬鹿にされた。
すごい屈辱だった。


肉体的にも精神的に傷ついた。そして卒業と同時に自分の中に封印した。


彼女が卒業するときに胴衣を頂いた。彼女の名前が入っていた。

胴衣を着て練習にいくと他の先輩から冷やかされ、汚い扱いされたことがある。そのときのわたしは、せっかく頂いた胴衣の名前の刺繍を外した。
恥ずかしい限りである。


今となってはこのときの経験が糧となり、社会に貢献できる人間を目標に
頑張ってこれた。思い出すたび辛いけど、辛抱強くなったと思う。
また、いつまでも意地をはらずに器の大きい人間になりたい。


で、彼女の結婚式はどうだったかというと、かわいらしくてアットホームな暖かい結婚式だった。お幸せに。おめでとう。