さてさて、前回の続き。
早速行ってみよー

3) 個人塾(Native講師)
日本人講師は幾つか体験したので、今度はnativeの先生をーと思っていきついたのがこちらの教室。

先生はNZ出身の先生。
子供のクラスも幾つかお持ちだそうで、
子供の扱いは割りとなれている感じ。

でも、よくよく聞いてみると、
現在存在するクラスは幼稚園生位のお子様達対象とのことで、
おまめくらいの年の子ははじめてとな。
なるほど、だから少しばかり内容がお勉強チックなのね(アルファベットを書かせるとかね)。
座学ばかりなので、ちょっと飽きてきたおまめが悪さを始め、チョロチョロ歩き出したおまめを椅子に戻すのに必死な先生とアタシ。
そうこうしてる内にレッスン時間終了。
ううむ、なかなか手強いぞ。

マンツーマンなので内容に自由が利くのと、
当初の希望通りの環境(英語オンリー&外国人な見た目)かつ、料金設定がかなり良心的でとても魅力的ではあったんだけど、
NZ Englishが良いような、悪いような。
はじめましての英語の環境はやっぱりスタンダードな英語や米語の方がいいかな?というのが正直な感想。
先生の人柄や情熱、料金設定などは全く文句なしなので、おまめではなくて、むしろアタシが通いたい感じでした。

今回はおまめの為の英語教室なので、残念ながらこちらも却下。


4)小規模英会話スクール(Native講師)

最終的に行き着いたのがこちらの学校。

そもそもが、世間的に(というか、米国に?)1才児(当時)向けのクラスがあまりないみたいで、ベビー英語教室を謳ってる様々な教室に問い合わせるも、対象年齢で跳ねられてしまって
思ったように教室探しが進まず、煮詰まってしまっていました。
こちらの教室も、問い合わせ当初は「該当クラス無し」との事で一旦断られたのですが、
後々、新規に1歳児クラスを開講するので体験してみませんか?とお誘いが。

しかし、この頃にはもうなんか英語熱が冷めてしまっており、
それほど期待もせずに参加。

ところが、期待しないところに転がっているのが大きな幸運とでも申しましょうか。

予想に反して、期待以上の内容でした。

まず、先生が子供の扱いに凄く慣れていて、授業の進め方が上手で楽しい。
気紛れ1歳児の操縦というか、手綱の緩急の付け方が素晴らしい。
何より、人見知りのおまめが全然人見知らず、それどころか超ノリノリ。
いつもならはじめましての人には絶対になつかないのに、こちらの先生にはすっかり心を許して、名前や年齢を答える等のself introductionみたいなやり取りをスラッスラ答えてました。

そんなわけで、おまめの輝き(親の色眼鏡仕様)の目眩ましにあったアタシは、その場で迷うことなく受講を決めまして、そんで、現在に至るっていうね。

因みに一応グループレッスンの設定なのですが、一緒に体験を受ける予定だったお子さんが一足違いで別の学校への入学を決めてしまったとかで、結果、グループレッスンの費用でマンツーマンで教えていただくという幸運に浴しております。

先生との関係は非常に良好で、先生もオマメを可愛がってくださっています。
スコティッシュの先生ではあるのですが、学校として、アメリカ英語を教える方針らしく、基本的には聞き覚えのあるアクセントの英語で授業は進められます。
スコットランド英語は米語と同じくrhoticだからということもあって、両者間は真似しやすいのかなぁ?(今度聞いてみよう)
アタシのポンコツ耳にはRPと米語との間程の違いを感じられないですわ。
時々、先生の興が載って、「あ、いけね、これはイギリス英語だったー、アメリカ英語ではこうね」みたいなことはあるのですが、
それはそれで、アタシの方にとっては面白くて、親子とも楽しんで教室に通っております。

それから、折角お金を払って通う教室だから、なるべく日本語の無い環境が良いと思ってたのと、例えしどろもどろであっても、親が日本語以外で話す姿を見せたいと思っていたので、先生が日本語をほぼ話せないというのも、アタシにとっては嬉しいオマケ。

ま、語学って、中途半端にしか出来ない場合(←哀しいかな、ワタクシこのレベル)、錆び付きのスピードが半端無いので、久々に英会話してみたら、思った以上に言葉が出てこなくて、ちびまるこ宜しく青ざめたのは、また別のお話。


そんなこんなで、子供英会話に通って1年弱。
現在のオマメの英語力(チューほどでもないか。。。)については、例によって、次記事で。
ということで。

買ってみました。



といっても、所詮どこまで行っても
アタシはnon-nativeだし、
ここ日本では先人の血のにじむ努力により、
今の処、有難くも外国語は第ニ言語となり得ない状況な為、
(有難う、明治維新の偉人達…)
この雑誌に載ってるような皆さんの様には
「英語子育て」に熱心に取り組むつもりは毛頭なくて、
←自ら購入しといて雑誌の趣旨に思いっきり反しているような…。
単に、将来に備えて語学に関する脳内シナプスを繋いどきたいというだけなので、
「英語子育て」それ自体のhow toとか効果云々にははっきり言って興味はなく。

手軽に教材を探せるサイトとか、
優良な絵本・教材の情報を得たかったというのが購入の動機。

元々は、先の記事で書いた通り、
耳の良い時期真っ只中のおまめになんかしときたいという
全く根拠ない焦りの下、教育ママ熱に火が着いたのですが、
新天地「米国」での孤独な生活に耐えかねて、
手っ取り早い友達作り
&完全に自分の趣味・嗜好を満たすため、
親子向け英会話学校に行こうかなー、などと、いろいろ検索してみたのでした。

が。

自他共に認める語学バカのアタクシ。

金払って通うからには~なんて、
それなりの拘りがむくむくと頭をもたげちゃったりなんかしましてね。

1)幼児の期間に習うのなら日本語を一切介さない教室が希望。

2)とは言え、週1度、たった1時間程度のレッスンによって
果たしてどの程度のインパクトがあるのか謎。
(というか、多分「ないね」と思っている。)

3)はっきりいってこういう教室でのmamaに対する英語教育については
レベル的に全く期待していない。
(高飛車でスミマセン。)


という事で、費用対効果を考えちゃうとイマイチピンとくる教室を見つけることが出来ず。

暫く悶々としていたのですが、
兎も角、好き嫌い言うのも、いざ体験してからでも遅くはあるまいと思い直し、
以下、4種の学校に絞って体験入学して参りました。

1)大手英会話スクール(日本人講師)
2)大手音楽学校のベビー英語コース(日本人講師)
3)個人塾(native講師)
4)小規模英会話スクール(native講師)

つーことで、本日前半。
1と2についての体験談です。

1)大手英会話スクール(日本人講師)

もしおまめが現在理屈が分かる小学生くらいならば、
日本人の先生も含めた非native教師で全然構わない、
むしろ実社会で英語を使う場面は非nativeとの方が多いと思うので
お国訛りのある英語を聞くのは経験としては非常に大事だし、
そういう意味でnative信仰は全くないんだけど、
今、母語ですらあやふやなこの時期にわざわざ通わせる意義として
「母語」ではない「外国語」の音だけが聞こえる環境に身を置く
&「ガイジン(←あえてpolitically uncorrectな語を使います)」に触れる
という事に重きを感じていたので、
今回については日本人教師だけとか、
日本人&nativeのダブル担任制とかは
希望してない。
ていうか、それなら教室行かないで自分で教えられると思ってる。

ということを体験前の面談でインストラクターに伝えたのですが、
理解してもらえなかったようで(笑)、
日本人講師のクラスに振り分けられました。

なんだかなーと思って教室に臨んだのですが、それ以上に内容がいただけなかったので、
今回はご縁を感じませんでした。

つーのも、講師がそもそも子供の扱いに慣れていなくって、
子供への指示はマニュアルに沿ったのみの英語。
気分屋の1、2歳児をのせる技を持っていない。
例えば、福笑いのような教材を使って顔に関する単語を習う場面で、
マニュアル的には完成形を笑顔にすることになっていたようなんだけど、
そこは臍曲がりのおまめですので、
どんな風に言おうと口をへの字にしか置かないわけ。
で、そんなとこにずーっと拘っても仕方ないので、
「今日はおこりんぼの顔が良いのねー、あはは」とか言って、やり過ごそうとしたんだけど、
センセー、何がなんでもsmileを作るまで先に進めないのよね...。
幼稚園児とかなら分かりますけど、当時1才10ヶ月そこそこの子供捕まえて、そこまでマニュアルに厳密に進めんでもねー...。
多分その日のミッションがhappyという単語を教えたいというところにあったのだろうと思うけど、
笑った 顔だけではなくて、敢えて怒った顔との対比でだって教えられるのでは?
よーよー、先生よ。
等々、などと内心非常に不満に思ってしまいました。

それから決定的にだめだーと思ったのが、
親のアタシへの指示。

何故か全てジェスチャー。

いや、英語じゃなくてもさ、
日本語くらいアタシ喋れますけどっ。

そもそもがクラス内日本語禁止方針なのか、
それすら何の説明もなかったので、
最初のうちは出しゃばるのもねーと思って、ジェスチャーに応じてたんだけど(笑)、
体験レッスン2回目(無料体験4回のパッケージだったの)にはいい加減業を煮やして

「日本語も英語も分かりますから言葉で指示していただけると助かります。。。」

言っちゃったよね(笑)。
控え目にだけど、言っちゃったよね。
やだ、モンペ予備軍?
でもジェスチャー、辛かったんだもーん。

あと、ちょっと気の毒なので小声で言うけど、

先生、英語があんまり上手じゃなかったんだよー。
そこ、r要ります?みたいな。
DJ赤坂?みたいな。


ほんと、
ごめんなさいねー。
↑やな客。

そんなわけで、こちらの教室は残念ながら却下。


)大手音楽学校のベビー英語コース(日本人講師)

学部時代のゼミで「音楽的能力と言語学習能力の相関性」について調査していた先輩がいて、
個人的に「これは面白い調査だなー」と思っていたのと、
注意して聞いてると、確かに歌の「上手い(←ここ重要)」歌手は、悉く外国語の歌歌わせても上手いのよね。
発音がというより、アクセントの置き方というか、「らしく」歌うのがお上手。
となると、二つの能力の間にはなんらか関連性がありそう。

というわけで、音楽教室主体の英語教室も覗いてみることにしました。

こちらの教室の先生は英語が本当にお上手で、
しかも若くてかわいい!
それと、子供の扱いに凄く馴れてる。
興味の引きかたも上手だし、メリハリの付け方が本当に素晴らしい。
歌も一杯だし、身体を動かしながら楽しく英語も使ってみようというスタイル。
まさに英語版リトミックって感じかな。

でも残念ながら、当のおまめの方が駄目でした。

この頃(1才10ヶ月)から人見知り第2弾を発症しており、初めてのお友達に囲まれて、新しいことをするという状況にどうも馴染めませんでした。

先生と内容は良かったんだけど、本人が楽しめないのでは仕方ないので、今回はご縁なしの結果に。

まぁ、既に通っているリトミックと内容が被っているというのが一番の大きな理由だったんだけどね。

もし、このときリトミックに通ってなかったら、ひょっとするとこちらの教室に決めていたかもしれません。

なかなかびびっとくる教室が見つからず、
やる気が失せてきたところで、続きは次回に!
英語の早期教育?
は?誰がすんねん。
そんなの必要あらへんがな!
甘ったれるんじゃないよっ!
英語でオマンマ喰いたきゃ、己で努力しやがれ!
バーローめっ!


って完全に思ってましたよーぅ。



子供に英語英語言う前に、
親自身の英語をどうにかせいよ!


って完全に思ってましたよーぅ。
(でも、これは現在進行形でまだ思ってますが…。)




そんな「全日本アンチ英語早期教育グループ会長」を高らかに名乗っておりましたアタシが、
現在おまめを英会話に通わせるという奇跡(ミラクル)。


本日は事の顛末をお話し致したく。


  
ハビーに言わせると、
アタシは所謂「ど根性・語学バカ」なのだそうで、
そんな語学バカのアタシがこれまでの語学との格闘人生で悟ったのは

語学はスポーツである

って事ですのね。

中学、高校、大学と10年かけて手に入れた英語力(辛うじて仕事できる程度)と、
なんちゃって留学1年弱で手に入れたチャイ語力とでは
なんと、帰国直後はスピーキングに限っていうと
運用力はどっこいどっこいだったと思うけど
度胸の面ではチャイ語の方が断然勝っておりました。
これって、長年語学をやってた者としては、実はがっくりくる事実。

で、遅ればせながら悟ったのが先の「語学はスポーツである」説。
要は反射です。これは絶対。
やっぱり24時間フルにimmerseされる環境は
語学習得の上ではかなり大きな強みになります。
英語ドメ子としては認めるのは悔しいけれど…


で。
ここまで前置きが長かったのでございますが。
おまめはどうも赤子の頃より、外国語が好きな様相を呈しておりましてね。

0歳児の頃からギャーギャーぐずってる時に、英語やチャイ語で話しかけると
どういう訳か、


ピタ


と泣きやみ、にっこり。


ドメ子で外国語を勉強した人には分かって貰えると思うんだけど、
「外国語で独り言」っていう、
非常にさむい勉強法があるのですが、
(←①決して人に見られたくないが、)
それを無意識のうちにやってしまうと、(←②無意識なので多分、これまで色んな人に見られている)
途端に顔を輝かせてアタシの顔を覗き込むおまめ。

お風呂でグズグズした時も
英語もしくは中国語で数字カウントすると急にご機嫌が直るっていう。
1歳半頃には一緒に3カ国語でカウントできるまでに成長しました。
しかも中国語については指数字までなんとなくできるようにwww。
(中国語の指数字は6以降が日本語のそれとちょっと違うのです。)


大学時代、Second Language Aquisition(第ニ言語習得:SLA)を齧ってたんだけど、
日本人の大好きな「外国語学習における臨界期説」っていうのは、
「説」って言ってるだけあって、実はあくまで「仮説」にしか過ぎないのよね。
つまり、皆が思ってる「ほど」は
幼少期からの外国語学習が「必ずしも」その後の習得度に「深くは」影響しないってこと。

もちろん影響は皆無ではないし、実際かなり影響があることはこれまでの研究で明らかにされてきたことではあるけど、
果たして年齢「だけ」が習熟度を深めるファクターであるかどうかは、
いろんな面でまだまだ謎が残る分野なのよね。
(学部で聞き齧っただけでアップデートしてないので、事実と違ってたらごめんなさいね。)

一応発音に関しては「有意である」と強く主張する人もいるけど、
これだって反証は一杯あるよねー。

それにそもそもが、これは「第二言語」が研究対象であることがミソ。
我々日本人にとっては英語はsecond languageではなくて、あくまでforeign languageなので、特殊な目的を除き、nativeと同じ(例えば「単音」のみで「L」と「R」を区別する能力を持つとか?)になる必要はない筈。
そこをきちんと説明しないで、臨界期説のみを振りかざされると(そういう語学学校だの教材だの、結構多いよね。)、気持ちが覚めてしまう。

大体、一口に「英語が出来るようになりたい(させたい)」というけど、
目標値をどこに置くかで勉強の深度もスタイルも変わってくるよね。
みんながみんな同通レベルまで持っていく必要はないはずだものねぇ。

話が大分それてしまったけれど、そういう意味で、おまめにも「何が何でも子どものうちから外国語を!」とは一切考えてないんだけど、
ここまで反応がいいと何かしてやりたいと思ってしまうのが親ごころ。
脳内シナプスを繋いどくだけでも、その後の語学学習において有利かなーなんて。


でもさー。
子供対象の英語教材だの教室だのって、内容大したことない割に高いよねー…。

じゃ、自分で教えちゃう?

っつーことで、気の向くまま時折英語/チャイ語で話しかけるようにしてみました。
そしたらまーまー、気持ちいいくらい覚える覚える。
しかもベビーサインを使いながら英語を教えたら
面白いくらい吸収率が良いっていうね。すげーよ!ベビーサイン!
もうこうなったらベビーサイン信奉者として、講師資格取ってしまおうかしら?!


にしてもね。
おまめの年頃の子供たちと一緒に生活していると、
子供の耳の能力の高さったらないなーって思う。
当たり前だけど、母語は耳からのインプットで覚えていくんだものね~。
さっきも書いたけど、「3歳神話」とかはアタシはちっとも信奉してなくて、
それどころかむしろ懐疑的だし、
外国語云々いう前にまずは母語の形成を最優先すべきだろって固く信じているので
冒頭に書いたとおり、
外国語についての早期教育に対して凄く斜に構えてる部分があったのだけど、
Old MacDonald had a farm~♪とか、The wheels on the bus go round and round~♪とか
特に教え込んだわけでもないのに、耳で聞こえてきた音を頼りに
歌って踊ってる(しかも発音が中々に正確)おまめを見ていると、
この耳の感度の高いうちに外国語に触れておく意義・意味みたいなものも
感じてる自分も同時にいたりして。

そんな訳で、急に俄か教育ママ熱が燃え上がり、
思い立ったが吉日で各種英会話学校を見学の巻。


詳細については長くなるので次記事を待たれい!

おまめ、2才5ヶ月にして遂に念願の


変身!!
パンツマーン!!
(ノ´▽`)ノヤタ-!!

やった!やったよ!!
長かったよ、トイレトレ。

苦節1年。ついに、ついに!
思いの外あっさりとこの日を迎えました。

トイレにまたがって用足し(No.1だけね。)するまではあっちゅー間だったのに、
そこからがいやはや、なげーのなんのって。

ということで、本日はトイレトレ開始後から今日までの軌跡を綴りたいと思います。
もうね、涙なしでは読めないと思うの。
(iДi)five-hanky storyトハ コノコト!
ハンカチを用意してお読みください。


★8ヶ月頃★
→オムツ無し生活を試みる。
意外とうまく進むが、
おつむの発達に伴い、トイレ拒否反応発動。
断念。
(詳細はこちら→その後→

★1才6ヶ月頃~2歳0ヵ月頃★
→トイレトレ再開。
順調にスタートを切ったものの、
似非トイレコール乱発で、
またしても暗雲が立ち込める。
(詳細はこちら→

兎も角、トイレトレの仕組みをもう一度整理しようと思い、
こんな雑誌を買ってみますた。




で、付録のポスターを貼ってみますただよ。



絶賛イヤイヤ期真っ盛りのおまめが
すんなりトイレトレを進めてくれる筈はないとは思ってたんだけど、
相変わらずトイレ!コールは激しいのに、
いざトイレの前に行くと


(`ε´)いやっ!



しかもこれに輪をかけて事態を厄介にしたのが

1歳児のプライド

つまり、間に合わなかった時は
即座にトイレに行きたくなくなるのね。
(・ε・)我輩ノ辞書ニ失敗トイウ文字ハ無イ。

まるで「濡れたおむつを見られるくらいなら腹割っ捌く!」な勢いで、
なにがなんでも「おしっこ出てない!」の一点張り。

いや、明らかにオムツこんもりしてるんですけど...
(;´д`)アンモニア臭...


よかれと思って導入したご褒美シール。
シールの意味を理解してからは、
成功時に喜んでシール貼るのは良いんだけど、
間に合わなくて失敗した時、

うわぁぁっ(iДi)ウンチ出ちゃったぁぁ!

床に突っ伏して
大泣き。

そうこうしてるうちに、
シール効果はどんどん薄れていき、
本格的冬へ突入。

この頃には
「促せばトイレで小は用足しするけど、
自発的にトイレコールしない。
大はもちろんおむつにて。」
という状況に後戻り。
昔の育児で言うところの
「オムツはずし」まで後一歩のところに来ていたと思うんだけど、
「自発的に」という部分にはほど遠く。

本当に行き詰まってしまって、
この先どうやってトイレトレを進めたもんか、児童館で保健師さんに相談。

答え:
冬はトイレ寒いし、
トイレトレ、
やめたら?
(・∀・)ホラ、冬ハ大人モトイレ、我慢シガチジャン?



そんな訳で、
やる気を失った母。
2013年、冬。
なのでした。


★2歳1ヶ月頃~2歳4ヶ月始め頃★
さて、そんな母の気持ちを知ってか知らずか、
おまめはすこぶるマイペースに
トレーニングを進めていきます。
それまで、Number twoの方は、
どう宥めてもすかしても、
トイレでするなんてもっての他だったのですが、
この頃から、
オムツにすることには代わり無いものの、
特定の「ウンモスポット」にて用足しするようになります。

↓おまめのウンモスポット



便意を催すと、
このテントのなかに飛び込んで仁王立ち。
窓から覗こうものなら、烈火の如く怒ります。
用が終わると、
「ウンチ出たわよー。オムツ換えるー。」
と申告。

なので、この段階で、
「便意」がどんなものかについての理解は完了した模様。

なのに、テントに駆け込もうとするおまめを取っ捕まえてトイレに座らせても
決してダメ。

「ウンチしたい気持ち分かったね?偉いね!」
→誉めて伸ばす作戦(正攻法)
→「有難う、よきにはからえ」で、
何のインパクト無しに終わる...。

「テントじゃなくて、次はトイレでしてみようか?きっとおまめなら出来るよ!うん、賢いおまめだもの、出来ない筈はないよ。凄いなー凄いなー!!」
→誉め殺し作戦
→「えーえー、やる気になったらいつでも出来るんだけど、
でも今は『その時』じゃないの。
→親の気持ち、全く響いてない...orz

で、結局、


「次ここでウンチしたら、
テント、
しまっちゃうからねっ(怒)!
→あ~あ、やっちまったな…。


か~ら~の~、


大~号~泣~
(iДi)テントシマッチャイヤッ!


つーことで、結局全て効果無し。
もー、ほんとあと一歩がどうにもこうにも進めない。
たかが一歩、されど一歩に苦しむおまめとアタシ...。


★2才4ヶ月から2才5ヶ月初頭★
年少さんでも入園当初は半分くらいはオムツしてるって言うし、
こりゃー、トイレトレ2年目突入か?!
あーあ。。。
なーんて思っていたものの、
よくよく考えると、number oneに関しては、
自発的にトイレに行くようになり、
ほぼオムツ濡らすことがなくなったのがこの頃。

この頃は敢えて、あんまり「トイレトイレ!」とせっつくのをやめていました。
相変わらずnumber twoはうんもスポット仁王立ちスタイルだったけど、
そこはもう、自然に任せていました。
(声かけは一応してはいたけどね)

そんなこんなのとある日。
外出先で催したおまめ。
子供用トイレに入ると、どうしたことでしょう。
急に

「ママ、うんちがでそうよ」

と、自発的に排便開始。
そして成功!!


もう、ここぞとばかりに誉めましたね、アタシゃ。
その日、珍しく早い時間に会社から帰ってきたハビーに、
おまめの目の前でかなり大袈裟に報告。
これまた大袈裟に喜ぶハビー。
そしてそこには、
喜ぶ両親が踊る「うんちの舞」を
とっても誇らしげに(呆れ気味にとも言う)見つめるおまめの姿がありました。
この日を境に、遂にnumber twoもトイレで自発的にするようになりました。

そんなわけで、ここいらで
「パンツ、いっとく?」
な流れになりまして、
満を持してベビザラスにお気にパンツを買いに出掛けました。

この頃、嶋二郎さんもしきりにパンツのかっこよさをアピールしておりまして、
それに感化されたおまめもパンツに憧れてたので、いよいよ自分がパンツマンになれることがとても嬉しかった様子でした。

洋服では買ってあげられない(趣味の問題で)
顔にアンコが詰まってるあの人の柄のパンツセットを、おまめが選ぶがまま購入しました。

そういえば、蛇足ながら、トレーニング用オムツ、3層トレパン、パンツ用トレーニングパットは、
おまめに限ってはなーんも用を足しませんでした。
どれも結構早い段階(1才半頃?)で試してみたんだけど、
濡れようが何しようがお構い無し。
なので、早々に元のオムツに戻しちゃった。

濡れる感じを味わわせるには、
やっぱり普通のパンツで
失敗した時はズボンごとグショ濡れになるくらいのショック療法でいかないと、
親も子も本気にはならないというか。
(我が家もご多分に漏れず、一度盛大にお漏らししたらスパッとトイレでnumber oneをするようになりました。)

それとも、もうちょっと遅くにトイレトレ始めたらまた違ったのかな?
いずれにせよ、我が家では用無しでした。

パンツがすっかり気に入ったおまめは、
もう一切オムツを身に付けません。
文字通り、寝ても覚めても、パンツマン☆
これで本当に赤ちゃん、卒業かな?


そんな訳で、終わってしまえばあっけなかったトイレトレ。
おまめも、アタシも、よく頑張りました!

頑張った証ドキドキの「頑張りましたシール」たち



そして有難う、嶋二郎。

君の励ましなしに
おまめはパンツマンにはなれませんでしたよ。


今では一人でパンツ下ろして、拭いて、流して、洋服整えて、手を洗ってトイレから出てくるまでに成長しました。
(むしろ「ママはトイレに来ないで」と締め出される始末)

そういや、パンツになったらお尻回りがスッキリして、洋服のサイズが更に小振りになりました。
現在、身長90㎝、体重12㎏弱のおまめですが、80でもウエスト、お尻回り共にダボダボです。
なので、今夏はズボンに限っては殆ど買い足ししてないなー。

トイレトレ完了して、何が良いって、
オムツ買いに行く手間が無くなったことと、
外出時の荷物が格段に減ったこと!

パンツマンになってから、まだ体調を崩してないので、その辺りが若干不安が残るけど、
今はただただパンツの身軽さを謳歌しまっす!
一時保育を週一で利用しているのですが、
お迎えに行く度、毎度保育士さんに

「おまめちゃんの想像力が半端ないです」

と言われます。

例えば、

「今日は雪降ってる設定でぇー、
これから雪遊びをしまーす!」

とか言って、周りを巻き込んで雪だるまを作ったり雪合戦をしたりするのだそうです。


年下ちゃんは訳も分からずブルドーザーおまめに引きずり込まれてるのでしょうが(笑)、
おまめの妄想を面白がって付き合ってくれるちょっと上のお兄ちゃんお姉ちゃんや先生に大感謝です。


そんなおまめ。
ある日、昼寝中の彼女を抱っこしてカフェでのんびりお茶していたら、ぱちっと目を覚ますなり一言。






ママ、おじちゃん、どんぐり焼いてるね。









はい?










おまめの指し示す先にいたのは....






はい、良く見て。



ワタクシ、木琴たしなんでおります。





あっ!






どんぐり!
(どんぐり焼いちゃいました、的な?)





そしてまたとある日。






ママ、この子、オムツちゃんと履いてるー




といって、アタシに差し出したのが

イヤホンの耳に差し込む部分が
オムツに見えたようです(笑)。





この柔軟な発想力、そのうち、

「オラのことは、おまめじゃなくて、
まめこと呼んでくりょう!」

もしくは、

「おまめと呼ぶんでしたらOmameではなくて、
Omamaeという綴りの方のおまめと呼んでください!」

とか言われそうで、ハラハラしてしまう花アンにドはまり中のまぐのりあなのでした。


英治さーーーん!!
さて、唐突ですが今回、
「教育ママ」
ちゅーカテゴリーを作ってみました。

自分が教育ママになるなんて思ってもみなかったけど、
いざ子供を産んでみると、
色々と子供の将来が心配になってきますな。

とはいえ、習い事目一杯、お受験まっしぐらというつもりはないんだけど、
まぁ、勉強も含めて、出来うる限り沢山の選択肢を与えるのが
親の務めとは思ってます。
そしておまめには、その数多の選択肢の中から、
自分に最適なBest Oneを選び取る力を身に着けていって欲しいと思っております…。




……


………。



とか言っちゃったけども。



実のところ、
本日現在、習い事選びに関して、
おまめに対する教育効果なんて
一切考慮しておりません!


つーかさ、
身に付くか付かないかなんて、
そんなこと、おまめが大きくなってから
自分で考えたらいいのよっ!


つーのもですね。
アタシはどんなふうに教育されてきたかと申しますと。
放任、というよりむしろ放牧状態でしたwww

アタシの実母は教育ママからは程遠い人物です。
そのため、アタシは習い事と言ったら
ピアノとお習字位しかしたことがありませんでした。
そしてどちらも自分から習いたいといったくせに、
一切身に付きませんでしたよーぅ…。

ピアノなんてさ、毎回一切練習しないでぶっつけ本番でレッスンに通ってたもんだから、
最終的に業を煮やした先生から
「ピアノ向いてないと思うので、
是非辞めて下さい」と
親宛てに連絡が来たんだよね…。

個人の先生ならともかく、
通ってたのは営利重視の某大手ピアノスクールだったので、
こんな連絡が来るなんて、
よっぽど、だったんだろう。。。(;´▽`A``

そんな訳で、自分自身がそれほど習い事してた訳ではない為、
おまめの習い事自体も「お勉強」という観点からは一切興味もないし、
そもそもどんなことやらせたらいいのか、
皆目見当がつかないのよねー(鼻ホジホジ)。
従って、現在、完全に自分の趣味に走っております。

いま習い事に通っている一番の動機は
母子二人きりの息づまる時間をどうにかしたくて行ってるっていうね、
まさに母のエゴ丸出しのまるかたまりってーのが実情でございましてね。
児童館とか、自由参加系だとついつい自分に甘いアタシは
「今日は面倒だからいっかー」になってしまい、
結果ひきこもり、そして煮詰まるっていう
負のループにどはまってしまうので、
「習い事」という強制力が必要なんざます。
(・∀・)オッス! オラ、ダメ母!

そんな事はさておき。
おまめの現在の習い事(「歴」も含む)はこうだ!


7か月~1歳半「ベビーサイン」
→これはかなり役立った。そして面白かった。詳細→★1 ★2 ★3

1歳9か月~「リトミック」
→米国でのお友達作りのため。
やっとこ仲良しさんが出来た。
子よりも親が救われた…。
のもつかの間、
ここ数週間、新たな問題発生中。
これについては別記事で。

1歳11か月~「英会話」
→このままだとアタシがなけなしの英語すら忘れそうだったので
ある日思い立って通うことにしてみましたの。
つーわけで、おまめへの教育効果はそっちのけ。
今はレッスン後の先生との雑談に命がけ(アタシが)。
これについても別記事で詳しく書きます。

こんなわけで、いざ書き出してみたものの、
書き出すほどのこともなく。
大した習い事はしてませんね~。
因みに、その他、現在興味ありの習い事は


「体操教室」
→おまめの有り余る体力をどうにか消耗させ、
昼寝ありの生活に戻りたいという母の強い願望。
→二つほど見学に行くも、
一つはあまりに体育会系過ぎて同時参加の親の方がばててしまい、
もう一つの方はリトミックとの差別化が図れず、断念。


「バレエ教室」
→上記と同理由、加えて、ちょっと女子っぽい感じが良さそうという母の勝手な思い込み。
→悉く、車通学が必須のため、断念。
(´∀`)車ガナンダ! 徒歩万歳!


「美術系教室」
→自分がアート系がからきしなので、単なる憧れ。
→当面はこどもチャレンジの追加教材を利用することにした。


「インド系数学教室」
→二けた掛け算が出来るようになったら何だか凄そう。インド人もびっくり。
→米国にはないか…。


などなど、現在もゆるく習い事を求めてジプシー中~。
加えて幼稚園もボチボチ考え出さなくてはなりませんのよ。
そうすると、お受験系幼稚園を選ぶのかとか、
また頭の痛い問題を考えなくてはいけなくて、
(↑ハビーとアタシの教育観が異なる為(詳細)、
何気に結構めんどくさいお題だったりする。)
頭がくらくらしちゃう。。。


お勉強お勉強はさせたくないし、するつもりもないけれど
可能性の芽は上手に幾つも育んでおいてあげたいな。
そういう意味ではアタシは教育ママになりたいなって思う。
ついでに言うと、
自分が出来なかった学びを
おまめを通じて一緒に再経験出来たらいいなと目論んでたりもする。
重荷になってはいけないけど、
おまめに学ばせなくちゃって言う前に、
自分自身がいつまでも学ぶ姿勢でいたいなー。
おまめと一緒に留学したり、
大学(院)受験したりとか、何だか楽しそうだよねー♪

夢は膨らみますなぁ~。
この度は雪国ランキングでも上位を占める米国の冬をなめ腐ってしまっていて、
誠に申し訳ありませんでした。

引っ越し当初より、幾度となく聞いた

「(米国中心部では)積もらないけど、
とりあえず毎日雪降るよ」



という地元民の皆様の言葉の意味が分からず、
積もらないのなら、さして寒く無いのだろう、
米国の冬、打ち取ったりとさえ思っていた2013年夏。



あの頃のアタシに伝えたい。

とにかく買っとけ、


裏起毛を!
(特にレギンス!)


2月も中盤に差し掛かってようやく出会った裏起毛。
もうこれなしでは生きていかれないと裏起毛にすっかり骨抜きにされた冬後半。
3月になり、4月になり、それでもダウンコートとなかなかおさらば出来なかったあの日。
もしかしたらエルサじゃなくてアタシが雪の女王なんじゃないかって思った。
そう思ったら歌わずにいられなかった。(iДi)レリゴー
あんまりにしつこく歌いすぎて、おまめがアナ雪のCMやら広告やらを見るたびに
「これ!ママの好きなやつだよねっ!
ママのお電話に入ってる(DLした)やつだよねっ!
レリゴーだよね!」と叫ぶようになってた。


もう春なんて来ないんだと思ってた。




それなのに…
気付けば春爛漫を通りすぎてもはや初夏。



はーい、皆様。ご機嫌麗しゅう?
ボンソワール?コマンタレブー?
好久不见。过得怎么样?


すっかりご無沙汰しておりましたこの年月。
思考停止で暮らしていても、
残酷にも無情にも時間のみぞ静かにながるる。

おまめも気づけば2歳6か月。
イヤイヤ期も年季が入ってまいりました。



成長記録?

かけませーん。
毎日イライラしないで過ごすことが最重要課題でーす(笑)。


おかげさまでおまめは健やかに、(ずる?)賢く育っております。
相変わらず言語能力だけはずば抜けておりまして、
多分、そこら辺の幼稚園児と対等にはお話しできると思います。
つーか、先日児童館で順番待ちについて軽く幼稚園男子をいなしておりました。
その為、こちらもうっかりとしたことは言えず、また、一切のごまかしも効かないため





超絶めんどくせー




昨日も、お絵描きで遊んでいたら、
ばいきんまんの歯を描くのに白だと見えないと騒ぐので、
「灰色で描けば?」とアドバイスしたら、

「違うでしょ。
ママ、ちゃんと見てよ。
ばいきんまんの歯は白だよ。
灰色じゃないでしょ。」

といって、お手本の絵を持ってきて母の適当さを鋭く糾弾。

言葉は達者でも、
「適当にする」という大人な技はまだ身に付いていないため、
何事も四角四面対応なのです。
これが非常に厄介。


そういった訳で、昨年来、
じゃじゃ馬頑固もんのおまめの世話と
米国の冬に適応するのに精一杯過ぎてblogから遠ざかっていたのですが、
本日、急に思い立って
bluetooth接続のワイヤレスキーボードを入手致しましたのね。
これでリビングにいながらスマホでブログ投稿できるー♪
(↑フリック入力に未だ手間取るアラフォー1年生)

そんなわけで、米国2年目の夏。
そこのけそこのけ、
ゴールドドライバーのまぐのりあが
通りますよっ(もちろん徒歩)!

本日より、ゆるーくブログ再開につき、
皆々様、またしても宜しくお願い致しまする~。

病んでおります。まぐのりあです。


でも、なんだかんだで、ようよう浮上してまいりました。


頂いたコメント、メッセージ、何度も噛み締めて読みました。

皆同じく育児に奮闘していて、自分時間が皆無なのはお互い様だっていうのに、

そんな貴重な時間を割いて、わざわざアタシなんかを励ましてくれたブロ友さん達。

本当に有難うございました。

お返事遅れててごめんね。必ず返事します。もうしばらくお待ち下さいね。


実は今回、冷戦(1)→停戦→冷戦(2)という具合で、

短い期間に2度の冷戦期間が発生しており、

8月末の2週間、本当に精神的に落ち切って、

しばらく立ち直れない程だったのですが、

ブロ友さん達のキラキラ育児日記を読ませてもらったりしながら

(それにしてもアタシのブロ友さん達は改めて本当に素敵ママが多い!)

自分のブログの過去記事やら

以前したためてたベビ待ち時代ブログ を読み返してみました。


とにかく、前を向くことに疲れたので、

取り敢えず、後を振り返ってみましたのね。

首のストレッチを兼ねて。


そしたらね。

あー。やるしかないんだなーって。

やるしかないんだよねー。じゃなきゃ失礼だよねーって。

失礼だよねー、ベビ待ちしてたあの頃にって思えてきました。


あの時誓ったもの。

絶対に幸せにするんだって。

絶対に幸せになるんだって。

凹んでなんていられない。

反省はするけど、自分の事責める気持ちは変わらないけど、

放棄なんてできないよね。当たり前だけど。



実はおまめ。

一旦乳離れしたものの、引っ越しの不安からか、

また添い乳じゃないと寝なくなってるんです。

で、散々怒ったり泣いたりしたあの日も、

添い乳して寝かしつけて、

おっぱいに一生懸命吸いついて、

段々ほかほかになってくる頭をなでながら、

スースーと規則的になっていく寝息を聞きながら、胸に感じながら、

なんかもう胸が一杯になって、

ぎゅーっとしたい衝動に駆られながら、

ふと思ったんです。


あー、おまめが吸ってるのはおっぱいじゃなくて、

自信ないよーって不安だよーって、

母親街道をウロウロヨタヨタしてるアタシの心なのかもーって。

毎日毎日吸い出さないと、すーぐに弱音吐いちゃうから

だからちゅうちゅう吸い取ってくれてるのかもーって。


一体どっちが大人なんだかねぇ。

1歳児に慰められてる34歳アラフォー目前女子。

やんなるねぇ。

ダメ母には良い子が授けられるようになってるのかな。

だとしたら、グッジョブ、神様。


そんな訳で、少し精神的に落ち着きました。

ご心配おかけした方々、どうぞご安心くださいまし。

もう大丈夫です。
なんだかんだで、おまめ「とは」毎日面白おかしく暮らしてます。

(↑じゃあ、ハビーとは?っていう問いかけにはお答えしかねますが。)


子どもを反射的に叩いておいて、

いけしゃあしゃあと育児ブログ続けるなんて神経疑うわっ

もうあんたなんて嫌いよっと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、

楽しい事も、悲しい事も、嬉しかった事も、

腹が立ったことも、何もかも嫌になって逃げ出したくなったことも、

そしてやっぱり、どうにもこうにもおまめが愛しくて仕方ないんだって再確認したことも、

ぜーんぶひっくるめて、それが他の誰のでもなく「アタシの」育児なんだと思うのよね。

だからやっぱりこれからも、思ったこと感じたこと、出来る限り書き続けようって思う。

アタシ自身の為に。



さて。

前置きはさておき。


誰かさんと同じで、おまめもなかなかの癇癪持ちに育ってきております。

もうねー。癇癪起こしてる時の凄まじさっていったら凄いのなんのって。

terrible twosとはよく言ったものだと思うくらい、

もうterrible以外の何物でもなく、

ていうか、最高級癇癪祭開催中はもはやterribleを通り越してhorrible状態に陥ってます。

しかもね、何キッカケで癇癪起こすか分からないから手が付けられない。


突然オムツ履きたくなくなったり、

突然パジャマ脱ぐのが嫌になったり、

突然クレヨンにムカついたり、

突然嶋次郎氏が嫌いになったり、

ほんとなんだか良く分かりませんー。


会社時代の先輩に

「道路に転がってる石の位置が気に入らなくて泣いたりするのがヤダヤダ期だかんねー」

と聞いてはいたものの、
聞きしに勝る横暴ぶり。まさに理不尽。


ちょっと愚図る程度なら可愛いもので、

本気の癇癪を起してる時は顔を真っ赤にして文字通り地団駄を踏んだり、

寝っ転がって突っ張ってみたり、その暴れ振りはなかなかのものです。

子供産む前は正直言って、街中でそっくり返って泣いてる子供を見て

あらー残念な躾をお受けになってるのね…と思ってましたが、

あの頃そういう白い目で見つめてしまった親子に、

今すぐ土下座して、否、腹を掻っ捌いて謝りたい。

おまめもいつおんもでああなるかと、内心ヒヤヒヤしております。

(取り敢えず、内弁慶なもので、そっくり返って大泣きは今のところ家の中オンリーですが、

外でそうなるのも時間の問題…かも…?!)


一方で、このメジャーリーグ級癇癪祭が初めて開催されたばかりの頃は

いちいちアセアセオロオロしてたけど、

今じゃー慣れたもので、この癇癪娘の手足に電極でもつけて、

自家発電させたら結構な電力量になるのでは…

とか冷静に思ってしまう自分もいたりします。


言葉の方も相変わらず達者なので、

「やだ!」「やりたくない!」「嫌い!」「どうしても、やっ!」

「オムツ履かない!」「パジャマ着たい(←脱ぎたくないって事)!」

「あかきいろ(←クレヨンのこと)しまう!」「シマちゃんバイバイ!」

等々、ありとあらゆる具合に取り敢えず何でも拒否。


で、言葉通りの事がかなえられないと、そっくり返って





(iДi)やだああ!!!

(iДi)ママきらーーいっ!






となる訳です。


まぁ、「ママ嫌い」って、

言葉ではっきり言われると地味に凹むよね…

(ノДT)セメテ「ママヤダ!」ニ留メテオイテ。。。


こっちの体力が余ってる時はひたすら抱きしめたり宥めすかしたりできるんだけど、

そうじゃない時は正直抱きとめるのが辛くって。

もうどうしてこんな訳わかんない事でやだやだ言うのー

ヤダヤダ言いたいのはこっちだよーーー

で、結果、一緒に泣くwww

でねー、そんなこんなの、とある夜更け。

久々におひとり様の時間があって(ビバ残業)、心に余裕ができて、

ふと思い当ったのね。


おまめは目にするもの、手に取るもの、口に入れるもの、

とにかく何でも「初めて」づくしの生活を送ってるんだよね。

しかも、自分の気持ちを100%完璧に外に発信したり、

ましてや相手の言ってる事を100%完璧に理解するだけの日本語力もまだ持ち合わせてないんだよね。

そうすると、ちょっとしたことで不安や不快感を覚えるんだろうなーって。


癇癪のきっかけはちゃんと彼女なりの理屈があるものの、

臍曲げて怒ってるうちに、癇癪起こしてる張本人ですら何が何だか分からなくなって、

それでますます怒りが爆発してるんだろうなー。←そういうオジサン、いるよねww

そう思ったら、ただただ途方に暮れてた「やだやだやだーーー!!!」も、

何だか可愛く思えてきました。


大人のアタシでさえ、今この生活にいろいろ不満があって、

それを語る相手がいないってイライラしてるのに、

おまめは生まれてこの方が新しい事尽くしで、

しかも言葉を上手く操れないっていう状況。

不安じゃない筈ない。もどかしく感じない筈ない。
それを一緒になってイライラしてたんじゃあ、

こりゃ、大人の風上にも置けやしねぇじゃねぇか。

てやんでい。こんちくしょう。


で、頭を切り替えて、癇癪起こしてるおまめの事を、

「ヤダヤダ虫が暴れてるのねぇー。」

って思う事にしました。


とにかく、出来る限りなだめて、すかして、抱きしめて。

それでもだめなら

あー、今癇癪起こしてるのはおまめが悪いわけでも、

もちろんアタシが悪いわけでもなくて、

ただただ、おまめのお腹の中のヤダヤダ虫が暴れてるからなんだねーって。


で、思うだけじゃなくて、それを実際に声に出して、

おまめとアタシに言い聞かせるようにしてみました。


そしたらねー、不思議な事に癇癪起こしてる時間が短くなってきた。

アタシもイライラする時間が短くなってきた。


考え方をちょっと変えるだけで、何だか見通しが明るくなっちゃうんだから

不思議なもんですねぇ、人の心っていうものは。



そうそう、超特大なヤダヤダ虫を腹に飼ってるおまめの為に

この本を買ってきましたよ。



熱烈歓迎!宝宝貝貝!-いやだいやだ


せなけいこさんの絵本はおまめが何故か(「何故か」って事ないか)大好きで

特にお化けシリーズが気に入っていて何冊かうちにあるのですが、

まさにこの本こそタイムリーだろって思って、早速読み聞かせてみました。

したらば、




ドンぴしゃ☆

(おまめのハートをズッキュン❤)



だったみたいで。

すっかりお気に入りの本になっております。


ヤダヤダ虫のルルちゃん。

ヤダヤダばっかり言ってたら、

ママにもおやつにもお日様にも

みーんなにやだよって言われて一人ぼっちになっちゃった。

そしたらルルちゃん、どうするの?って話なんだけど、

おまめも身につまされるものがあるのか(笑)、

「ヤダヤダ、やだねぇー」とか言ってちょっと神妙にしたりして。

アタシもヤダヤダの最中に、

「おまめもヤダヤダ言ってるとルルちゃんみたいになっちゃうよ?」

「独りぼっちになっちゃうよ?」

「抱っこも、おやつも、くっくも、みーんななくなっちゃうよ?いいの?」

と、絵本を引き合いに出しておまめを諌めるのに利用してます。

これが意外と効果ありなのよね~。せなけいこ、恐るべし。

同じくイヤイヤで困ってるママにお勧めしたい一冊です。



そんな訳で、ヤダヤダ虫を腹に抱えて、

おまめは今日も一日分、大きくなりました。


今日も一日、有難う。

明日も一日、頑張ろう。

今、ハビーと冷戦中です。

というより、アタシが一人で怒っていて、

彼の事を無視しているっていう状態。


彼にしてみれば、突然怒り出した妻。

我が家ではよくある事なので(笑)、

またかー、まいったなー位にしか思ってないだろうけど。



ところで今、アタシ、生活サイクルを変えてます。

おまめと一緒に寝て(8~9時)、

5時前に起きて自分時間を確保することにしました。

今週はそのパイロット期間。

今日はおまめが夜中に何度も起きて、ちょっと早目の起床になりましたが、

今のところうまく進んでいます。

でも何の相談もなく始まったので、ハビーは少し戸惑っているようです。


ていうのも、アタシ、ちょっと限界なんです。


「米国」に越してきて2カ月強。

ちっとも暮らしに慣れません。

こんなこと初めてです。

子供の頃からも含めて、これまで何度か引っ越しを経験してきたけど、

こんなに毎日嫌だ嫌だ思うのは初めてです。


正確に言うと、毎日の生活には慣れたんです。

街のどこに何があるかは把握できたし、

不便ながらも、バスや電車を乗りこなせるようになってきたし。

あ、車はまだ乗れませんがね。←練習してない


でもね、全然友達ができないんです。

アタシも、おまめも。


午前午後と、児童館をはしごする生活を暫く送りましたが、

不思議な事に、同じ顔ぶれに会う事がほとんどなく、

その場限りでお話ししたりする人はもちろんいるものの

本当にその場限り。

お友達になるきっかけもありません。


頑張ってまだ通ってはいるけど、

午前中、歩いて児童館行って、

お昼戻ってきて急いでごはんして、

お昼寝して、

その間に夕食作って掃除機かけて洗濯物畳んで、

おまめが起き出したらバスに乗って朝とは別の児童館行って、

またバスに乗って帰ってきて、ご飯食べて、お風呂入って、寝る

っていうのを、黙々と2人ぼっちでしていたら

なんか気持ち的に追い詰められてきてしまいました。


おまめも難しい年頃になってきて、一筋縄ではいかないし、

ハビーはというと、地方に行けば仕事も幾分楽になるし、

何より時間的な余裕ができるからと言っていたのに

結局、朝行ってらっしゃいしたら、

次お会いするのはまた翌朝みたいな感じで全然おまめに関わってもらえない。

それでいて、微妙に帰りが早くなった(9時頃)ので、

アタシのおひとり様タイムが全く取れなくなりました。


今まではおまめを寝かしつけして、

やっと一人でほっとして、

本読んだりテレビをぼーっと見たりして一日をリセットしてたのに、

今はそれができない。


買い物で憂さ晴らししようにも、

ヤダヤダ盛りの子供連れでは行かれる場所も時間も限られる。


育児の相談や他愛ない話をする友達すらいない。



本当に辛いです。



大人二人の生活では人間関係をリセットできる転勤はある意味楽しみでした。

でも、子供一人いるだけで、こうも孤独になるとは。

一人じゃないのに「孤独」なんて変ですね。

でも本当に「孤独」です。

人生で今ほど、友達の存在が恋しかった事ってないかもしれない。

育児は一人でするものじゃないっていうのを、身に沁みて感じています。


産後も10日ほどしか実家に帰らず、

その後も育児の面で実家に頼った事はこれまであまりありませんでした。

アタシは誰かに頼らなくたって一人で何でもできると自負していました。

だから、転勤が決まった時も、

「頼る人がいなくて不安」というのは、正直なところありませんでした。

でも、アタシは今痛感してます。

実際頼るか頼らざるかは別として、

「いつでも無条件に頼っていい存在」が傍にいるかいないかは

とてもとても大きかったんだって事を。


もちろん諸事情で最初からそういう存在が無い中でも

育児に奮闘するママが沢山いるのは分かってます。

甘えなのはわかってます。

けれど、実家だけではなくて、

これまで少しずつ築きあげた色んな育児関連の人間関係が

ある日すっぱりなくなってしまって、

自分と子供だけの生活に陥ってみたら…

それはやっぱり「孤独」以外の何物でもありませんでした。



それならハビーと話せばいいと思うでしょ?

ハビーもそう言います。

でもね、そうじゃない。そうじゃないんだよね。

だって貴方と話をすると、貴方は必ず「答え」を求めるでしょう?

「解決策」を提示するでしょう?

アタシがしたいのはそういう話ではなくて

うんうん、そうか、そうだったんだねって、ただただ聞いてもらう事。

分かる分かる、アタシもそうだよ、一緒だよ、アタシなんてね、って、共感してもらう事。

でも貴方が言うのはただ一言。





「それで一体どうしたいの?」







アタシ、どうしたいんだろう。

分かんない。




ハビーも一生懸命働いてくれてる。

帰りが遅いのだって、平日おまめの面倒を見てもらえないのだって、

外で働いてきてくれるからだって分かってるし、

今の暮らしができるのも、きちんとお給料を持って帰って来てくれるからだって分かってる。

家に帰ってきたらダラダラしたいのだって分かる。

休みの日ぐらい寝坊したいのだって分かる。

分かる。分かるよ?

でも、アタシだってそれは一緒。

アタシだって、いい奥さんとはいえなし、

手抜きだってしてるし、完璧にだってしてないけど、

貴方の望む奥さん像とは全然かけ離れてるけど、

でも、アタシだって一生懸命やってるんだよ。

貴方が気がつかないような細かい事だって、

みんな良かれと思ってやってるんだよ。

なのに、



掃除をしてくれと頼んだ覚えはない。

アイロンだってかけなくていい。

ご飯だって作らなくてい。

だからとにかくイライラするな。


そればっかり。



週に一度、午前中だけでいいから

おまめと二人でどこかに出かけて来てとお願いすることがそんなにいけない事?

一人ならあっという間にこなせる家事だってある。

引っ越しの片づけだってまだ完璧には終わってない。

本当はこちらに来たら始める予定だったアタシの「仕事」の準備だってちっとも進んでない。



そんなに大変だ大変だ言うのならシッターを雇うか保育所に入れるか、

とにかく育児、家事のアウトソーシングをしろというけれど、

週一度、2,3時間のヘルプを家族に頼るのがそんなにいけない事?



毎朝数十分だけ、週末も遊びのみ担当、

育児の楽しいところだけやってれば、

アタシだってニコニコ優しくしていられるよ。


でも実際はそのニコニコの為に、

アタシはグズグズを振り切ってご飯の準備したり食べさせたり、

お風呂入れたり、寝かしつけしたり、

機嫌損ねればそれを宥めたり、

抱っこを求められればどんな時でも抱っこしたり、

その合間に大人の為の家事諸々を

自分のトイレに行く時間すら削ってやってるのに。



貴方は優しい。

貴方は気遣ってくれる。


「夜ご飯、準備大変だろうし外で食べてくるよ」

「家が多少汚くても僕は気にならないよ」

「ワイシャツはクリーニングに出してもいいよ」


でもそうじゃない。

そういう事じゃない。

それが優しさと思っているのなら、

それは甚だしくも図々しい勘違いだ。


そういう風に言葉では気遣いながら、

上げ膳据え膳は当たり前、

脱いだもの、使ったものは散らかしたままにする。

一つ一つはいちいち文句を言うほどの事ではない小さなことだけど、

その小さなことの積み重ねで、

また一つアタシにとってはしなくていい面倒な事が増えてるのに。

洗面所に無造作に置かれた歯磨き粉のチューブをスタンドに戻しながら、

リビングに丸めて脱ぎ捨てられた靴下を洗濯機に放り込みながら、

また一つ、小さなイライラのため息が出る。




部屋を綺麗に保ちたいのは、あくまで君の趣味の問題でしょ。

ワイシャツをクリーニングに出せばいいって言ってるのにしないのは、あくまで君の意地の問題でしょ。

外で食べてくるって僕が言ってるのを断って家で準備してるのは、あくまで君のプライドの問題でしょ。

つまり、こちらが提示した代替案を悉く拒否して結局自分の首を絞めているのは、君でしょ。

そんなの、いちいちイライラしないで自分でどうにか解決しろよ。


話をしていても、

優しさを装った言葉の裏に溢れるあなたの本音が垣間見えて、結局喧嘩になってしまう。

ねぇ、どうしたら分かってくれるの?

アタシが欲しいのは「みんな一緒なんだから我慢しろ」という言葉ではなくて、

「大変だね、有難う」の一言なのに。
どうしてそんな簡単な事があなたは言えないの?




子どもを育てるのは会社で働くよりよっぽど意義深い事だ

と言ったその同じ口で、



能力が無いのを人や環境のせいにするな



と言われました。




その通り過ぎて、反論できなかった。


そうだね。

アタシ、能無しだから、きっとイライラするんだ。

どうせなら、イライラする感情すら感じられない位の能無しだったら良かったのに。

イライラしてるのに、何で涙が出るんだろう。



1歳8か月のおまめとアタシの「今」の現実を、気持ちを、

きちんと整理しておきたくて、

きちんと記録しておきたくて、

昨日あったことを、多分に自戒をこめてこめてこめて、

敢えてここに記します。


同じく子育てしている方には、もしかすると白い目で見られてしまうかも。


でも。


それでもいいのだと思います。

一番白い目で見ているのは、アタシ自身なのだから。













昨日、おまめを叩いた。








食事の準備をしているアタシに構ってほしくて、

おまめはずっと泣いていた。


昨日は夜外出の予定があって、

アタシは気持ちが焦ってた。


おまめはアタシをどうにかキッチンから外に出したくて、

あの手この手を使って、アタシに呼びかけていたのだけど、

アタシは「待っててね」を連発して、

彼女の呼びかけには応じていなかった。


とにかく、食事の下準備を早く終えて出かけなくてはいけなくて、

というより、おまめのキーキ―泣き喚く声をとにかく聞きたくなくて、

おまめの喜ぶDVDをつけた。

普段なら喜んで見ているのに、昨日のおまめは見向きもしなかった。


「トイレ」と言えばアタシが手を止めてベビーゲートの外に出てくることを知っているので、

何度も何度も「トイレ」と言っては、実際にトイレに連れて行こうとすると、

「いやっ!」「TV、みゆの!」と駄々をこねる事の繰り返し。



進まない、準備。

進む、時計の針。





正直に言って、イライラしていた。

物凄く。

大変に。



いい加減にしてよ。



とすら思ってた。



黙ってDVD見ててくれたら、こんな準備あっという間に出来るのに。

どうして少しの間くらい、一人で遊んでてくれないの?

お願いだから少し黙っててよ。

お願いだから少し集中させてよ。


お願いだから、お願いだから、



ちょっとはアタシを一人にしてよ。





今、冷静に振り返ると、

なんて酷い事思ってたんだろうって思う。


時間に追われてたのは完全に大人の事情な訳で、

おまめには全く関係ないのに、

構って欲しくて泣いてるおまめを無視し続けて、

おまけにイライラまでして。


最低だと思います。



そのイライラがおまめに伝わったのでしょう。

最初は泣きわめいているだけだったおまめが、

物に八つ当たりを始めました。

小さなおもちゃやぬいぐるみをキッチンの中めがけて投げ込みます。

最初のうちは逐一拾っては、「ダメでしょう?おもちゃがいたいいたいだよ?」と軽く叱りながら

投げ込まれたおもちゃをおまめに渡していました。

が、次第にそれもきりがなくなり、アタシは背中を向けて知らん顔を決め込みました。

すると業を煮やしたおまめは、

30cm角のプラスチック製のおもちゃを床に向けてまさしく「ぶん投げ」ました。

けたたましい音を立てて、分解するおもちゃ。

時間に追われる焦りと、そしてイライラとで、

アタシの怒りは一気に頂点に達してしまいました。

気持ちにセーブをかけるより前に、

反射的におまめの脳天を平手で




ぱしん、と、





叩いてしまいました。



もちろん、いけない事をしたのはおまめです。

けれど、叱る気持ちだけで叩いたのではないのは、明らかでした。

「感情的」とは、まさにこの事なのだと、

怒る気持ちに支配されながらも、心のどこかで冷静に感じていました。


正直に言って、これまでおまめの事を叩いたことが無かったかと言えば嘘になります。


1歳を過ぎるまではただただ可愛い存在だったおまめも、

少しずつ知恵を付け始め、行動範囲が広がるにつれ、

困らされることが多くなってきました。

それに伴って、アタシのイライラも

締め忘れた蛇口から垂れる水滴の様に

ポツリポツリと、

少しずつ、少しずつ、

蓄積されてきました。


そりゃあ、0~1歳の間だって、それなりにいろいろ大変で、

イライラしなかった訳ではないけれど、

それでも「赤ちゃんのする事」と、どこか冷静な自分がいて、

おイタをしてる姿すらかわいく思えて、

怒ったり、叱ったりしようという気持ちなんてこれっぽっちも起こらなくて。

むしろそういう時はただただうまく出来ない自分をもどかしく感じるくらいでした。
ただでさえ「イラチ」のアタシにしては本当に珍しい事だと

ハビーも、アタシ自身も不思議に思っていました。

これが「母性」なのかな、なんてちょっと調子に乗っていました。


それが、本当に1歳を境にして、がらりと状況が変わりました。

昨日の様に、

さっきまでご機嫌だったのにもかかわらず、

いざ出かける局面になってグズグズが始まったり、

たった今たたみ終わった洗濯物をグチャグチャにされたり、

たった今掃除機をかけ終わった部屋でお茶とおやつを盛大にこぼされたり、
たった今準備が整ったご飯を、

美味しく食べるどころか一口も食べずにひっちゃかめっちゃかにされたり…。

それでいて、お腹が空いたと泣かれたり。


正直に言って、がっくりくる場面が増えました。

0~1歳の育児では「叱る」は必要ないと、

どこかで読み齧った育児論が頭をかすめつつも、

上にあげた事が度重なると、最後には「叱る」、

というより、「怒る」ことが増えていきました。


叱られたおまめはというと、

目に満々に涙をためるものの、泣きだすという事はなく、

ぷいと視線を逸らし、唇を尖がらせ

(この表情だって、一体誰が教えたのか、いつの間にかするようになりました)

一人前に拗ねて見せます。


その表情を見て、「1歳児に対して、何一緒になって怒ってるんだろう、アタシは」と

空しくなったり、悲しくなったり、そんな事の繰り返しでした。



ところでおまめは普段、とてもいい子です。

というより、ちょっと心配になる位、いい子すぎるのです。


1歳8カ月位なら、まだ当然のごとく自制も利かないし、

それどころか、言語面、運動面の発達も著しく、

できる事が増えていき、周りの全ての事に興味が迸って、

自分を止めるなんて無理な年頃でしょう。

何事も自分中心、それが当たり前の1歳児の姿だと思います。


当然、おまめもそうではあるのですが、

しかし一方で月齢から考えるとかなり早熟で、

例えば同い年の子供が集まる場に行くと、その早熟さが際立ちます。


ママの言いつけなんて全く聞こえずに、

あっちこっち自分のやりたいように動き回るお友達の中で、

おまめは一人、とてもお利口なのです。


こちらへいらっしゃいと言えばきちんと聞くし、

こういう風にしなさいと言えばきちんとその通りに動きます。

長年数多くの子供と向き合ってきた保育士さんや、お教室の先生も、

みな口を揃えて1歳8カ月なんて信じられないと言います。

上に御兄弟がいるのよね?と言われ、一人目だと答えると、

あらまぁ、じゃあおまめちゃんはよっぽどしっかり者なのねぇとビックリされます。

保育士さん達は褒め上手だから、

5割増しの言葉をかけてもらってるのは重々承知です。

とは言え、親の欲目を差し引いても、

残りの2割くらいは真実なんだろうなぁというのもなんとなく感じます。

これまでは、そう言われる事が誇りでした。

アタシの子育てが褒められているように錯覚して、

「お利口なおまめ」が自慢でした。


でも、近頃は少し違います。


「お利口」で「早熟」なおまめ。

でもそれって、本来のおまめの姿なのかな?

アタシが厳しすぎるんじゃないかな?

もしかすると、おまめの自由を奪ってるんじゃないかな?

と、とても心配です。不安です。


事実、おまめにはアタシの顔色を窺うようなところがあります。

ご飯も、遊び食べする割には

「ごはん、おいしそーね。」「あまくて、おいしー」と連呼したり、

アタシがイライラし出すと気配を察するのか「ママ、かわいい!だーいすき!」と言ったり、
何かをこぼしたり、失敗すると、それを隠そうとしたり。


当たり前の発達の一段階なのかもしれませんが、

1歳8か月の子供にしては少し早くない?

まだまだ一杯失敗して、失敗して失敗して、新しい発見をしていく時期なのに、

アタシは失敗を許さないような雰囲気を作ってるのではないだろうか。

アタシは、まだ1歳の子供に、既に完璧を求めすぎてるんじゃないだろうか。

そう不安になります。



アタシは、失敗を許されない子供でした。



母は特に教育者でも、教育ママでもなく、

勉強の面で叱責することはありませんでした。

けれども、日常の生活で、ちょっとした失敗をした時に

アタシの事を厳しく責めるような部分がありました。

例えば、絵具でお絵かきをしていて、色水をこぼしてしまったとか、

お手伝いをしようとして母の料理に手を出して何かをこぼしてしまったとか、

そういう、今思うとなんてことないような局面で、

母はアタシの事を


「なんて注意力の無い子なの?」「役に立たないわね」


と叱りました。


母は母なりに、子供であるアタシに注意力を身に着けさせたくて、

わざと厳しい言葉かけをしていたようですが、

アタシは結局その言葉にshrinkしただけで、

注意力散漫のまま、心のどこかがぎゅっと縮こまったまま大人になりました。


母の事は大好きだけれど、

大好きな母にそう言って詰られるのはとても辛かった。

だから、自分が母になった時は決してその言葉は使うまい、

そう思っていました。


でも、結局アタシも母と同じです。

良かれと思って先回り先回りして、おまめの冒険心を奪ってる。

アタシにとっての「良い子」を製造しようとしてる。

これではきっと、アタシの母と同じです。

そしてこれではきっと、
小さい「アタシ」をもう一度作ってしまう。

自分の気持ちを押し殺して、誰かの「いい子」になる事だけ考えるような、

そんな子供を作ってしまう。




ぱしんと叩いた後。

おまめはいつものように涙をこらえていました。

アタシはその顔を見て、少し冷静さを取り戻しました。

おまめの目を覗き込みながら、

おもちゃを投げる事はとてもいけない事、

もしお友達がその場にいたらとても危ない事、

嫌だという気持ちは、物を投げるのではなくて言葉で伝えるべきだと

(と言っても1歳ですから限度があるのですが、一応…)

諭しました。


「でもおまめだって、ママが知らん顔して悲しかったよね?

つまらなかったんだよね?だから怒ったんだよね?」

そう言うと、おまめはコクンと頷きました。


「じゃあ、今日はママが悪かったね。

ママがおまめの事知らん顔して意地悪したのに、

おまめの事を叩いたりしてごめんね。」

そう言うと、おまめは泣きました。

声を挙げて、泣きました。

それでアタシも、泣きました。

二人で抱き合って泣きました。




毎晩思います。

明日こそニコニコ笑ってるお母さんになろう。

明日こそおおらかに少しの事でも動じないお母さんになろう。

明日こそ、明日こそ。



右手が痛いです。

心も痛いです。

でももっと痛かったのはおまめだよね。

もっと悲しかったのはおまめだよね。



おまめにとって、アタシが母親である事が

彼女の人生において果たして良い事なのか、

彼女の人となりを作る上で良い事なのか、

アタシは近頃自信が持てません。