夫が亡くなってから、私を支えて下さる方が何人かいるけれど、その中でも精神的な支えになってくださる方が数人いる。

 

いわゆるグリーフケア、喪失や悲嘆の時にじっと心の内を聞いてくださる方の存在に助けられている。

 

そのうちの一人であるお年を召した牧師先生は、時々私が「誰かに話を聞いてもらいたいなぁ」と思った時になぜかタイミングよく必ず電話をくださる。そして、私が電話口で泣いて自分の胸の内…悲しみや後悔、今置かれている状況などを取りとめもなく話す言葉をじっと聞いてくださり、折々に適切な言葉をかけてくださる。

 

昨日は、10年以上前に奥様(私の友人だった人)をなくされたある牧師先生が私の悲嘆に付き合ってくださり、共感して下さって慰められた。先生はその後再婚したけれど、先生もこんなにつらい時期を通って来られたんだなと思った。

 

そして月曜日は、親しくしている私の姉のような存在の方が名古屋から飛んできてくれて、涙ながらに話す私を優しく包むように耳を傾け、一緒に一日過ごしてくれた。

 

毎週我が家に通ってきてはリフレクソロジーをして下さって、家族のように私の心の内を優しく聞いてくださる方もいる。

 

グリーフケアは大切な働きだ。

これを受けられるか受けられないかで、その後の歩みが違ってくるという言葉もうなずける。

それぐらい、この悲嘆の時期を一人ぼっちで立ち向かうのではなく、優しく包んで安心して自分の痛みをさらけ出せる伴走者と過ごすという時間は、私にとっては必要だと思った。

 

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今のこの状況の中であっても、こんなふうに周りの方たちのやさしさの中で過ごさせていただけて、本当にありがたい。

 

そして、主人の死をただ自分の辛いだけの経験で終わらせたくない自分がいる。

いつか私のこの辛い喪失の経験も、誰かの役に立つ日が来るのだろうか。