<白い壁:第一章・・・32>
今日も起きたら雄二はすでにいなかった。
少し汗ばんだ体にエアコンの風がふんわりとまとう。
まゆこが起きる頃に合わせて、雄二がタイマーで掛けておいてくれた。
元々、あまり汗をかかないまゆこでも、
最近は午前中から汗をかく。
だからこの雄二の優しさがとても嬉しい。
シャワーを浴びるほどではないから、
まずは朝食を食べることにする。
冷蔵庫を開けて、ヨーグルトと麦茶を出してくる。
ついでに、洗濯機のボタンを押しておく。
誰もいないダイニングで静かに食べ終えると、
朝、昼、夜、寝る前に小分けされた薬の『朝』を取り出して、
麦茶で飲み下す。
本当はちゃんとお水で飲むべきだろうけど、
そこはちょっと面倒だと思って、麦茶で代用してしまう。
ヨーグルトも食器を使わないで済むように、
小分けされた容器のものと、スーパーでもらうスプーンで済ませるから、
洗うものはコップだけ。
この程度なら面倒とまでは思わずに済むからラクだ。
これは雄二が考えたことで、ありがたい提案だった。
洗濯機が回る音を聴きながら、しばらくリビングのソファに座る。
新聞は雄二しか読まないし、テレビも午前中は点けない。
外の音もほとんど聞えないから、この空間にいる限り、
まゆこの安全は保証されている。
そんな環境はまゆこにはありがたく、助かっている。
床に落ちている髪の毛が気になった。
長いから私のだろう。
柄の長いクイックルワイパーにウェットシートをセットして、
床を拭いていく。
ジャマになるものがあると、そんな簡単なことも面倒に感じるので、
下にはなるべくものを置かないようにした。
そのおかげで、拭き掃除は比較的まめにするようになったので、
決してまゆこの家は汚くはない。
それにやり始めれば、リビングダイニングから、キッチン、
お風呂の方まで吹き掃除をする。
面倒と思う前にちゃっちゃと済ませるのがミソなのかもしれない。
洗濯が終わった合図を聴き、今度は干す作業。
干すことはわりと好きだ。
この病気になってからも、洗濯だけはちゃんとやっている。
まずは室内にある物干しに、大きさや素材を上手い具合いに並べて、
それからベランダに出しに行く。
なるべく外に出ない工夫。
日焼けができない体質のまゆこにとっては、
最初から時間をかけてベランダで干す作業はできない。
最後にピンチの並んだタオル干しをかけて終了。
またひんやりとしたリビングダイニングに戻る。
これだけで充分疲れてしまう。
また麦茶でノドを潤して、リビングのソファに座る。
大きなクッションをソファに上げて、それに寄りかかる。
薬のせいか、少し眠気がする。
まどろんでいるこの時間が、まゆこにとって好きな時間だ。
何もかも、全ては雄二が仕事をして稼いで、
エアコンをつけ、ヨーグルトのような提案をしてくれるから。
本当に一人でなくてよかった。
まゆこが一人だったら、きっとやっていけない。
実家には兄家族が同居していているから、
まゆこの居場所はない。
雄二に感謝しながら、まゆこは少し寝ようと、
クッションにさらに体を沈めた。
(つづく)