高校野球・広島決勝 広陵12-10総合技術


 昨年と同カードとなった決勝戦は、広陵が総合技術に12-10で逆転勝ちして、2年連続19度目の甲子園出場を決めた。



毎年この時期になると、気になる高校野球。


周りからは気持ち悪いと言われるくらいの高校野球ファン。笑



今年も地元代表は広陵に決まった。


小さい頃から広陵ファンだった。


今年の選抜は久しぶりに広陵はもちろん、広島勢の姿がなかったのがものすごく寂しかった。



でもやっぱり立て直してきた広陵。


やはり、甲子園では地元の高校が勝ち進む姿が見たい。


去年の甲子園で悔しい思いをし、その忘れ物!?を取りにいくという執念があの逆転劇を生んだのかもしれない。


実力だけでは勝てないのが高校野球。


今年も広陵が優勝候補筆頭だったが、甲子園に行くというのはやはり相当なものだ。



東京にいる今、中継は観れないが、毎日ネットでチェックしていた。


今年こそ、去年寸前で逃した優勝旗を手にしてもらいたいと思う。



俺の注目は上本君。


春全国優勝し、現在早稲田の4年生上本 博紀の弟。



上本を見た時に全く興味がない人にも”内野手のイチロー”


”絶対にプロに行くから、絶対に覚えとけ!!”



と興奮して話していたのを思い出す。



その方達には迷惑極まりないですね。笑



お兄ちゃんの事はまたドラフトの時に詳しく書くと思いますが、その弟が広陵の中心選手として甲子園へ行きます。



機動力と打撃力、そして投手力を備えている広陵に今年も注目しています。







今年もまた熱い夏が始まる。


俺も負けずに熱い夏を過ごしたい。



3連休の最終日、今年初のプールへ行ってきました。


今年初というか、上京してきて初のプールです。


お台場の隣のシーサイドプールへ行ってきました。


今年で営業を終了するそうですね、

そんな事は知らずに行きましたが。


知らなかったとはいえ、最後に行けてよかったです。




泳ぐのが大好きなので、すごいテンションは高かったのですが、

人が多すぎてあまり泳げませんでしたね。


残念。



でも、気持ちよかったですよ!


昨日はあまり日差しは強くなかったですが、

帰る頃にはけっこう赤くなってました。


久しぶりに泳ぎ、心地良い疲れで、帰り道の風がとても気持ち良かったです。





帰りにお台場に寄って、軽く買い物したり、カフェでまったりしました。


なぜか、お台場に来ると気分が良くなるんです。


お台場の夜景は本当に大好きです。



昨日も夜景見ながら、気持ちが高ぶりました。


何かに落ち込んだ時や、

やる気がおきない時にはよく高い所に登ったり、夜景を観にいきます。







また気持ちを新たに頑張ります!!!



1995年に海を渡り、日本人メジャーのパイオニアとして大活躍した野茂英雄投手(39)が17日、現役引退を決意した。




「お客さんに見せるパフォーマンスを出せない」





記者の”満足してるか?”との問いに


「そんなことは全然ない。引退する時に悔いのない野球人生だったという人もいるが、僕の場合は悔いが残る。自分の中ではまだまだやりたい気持ちが強いが、自分の気持ちだけで中途半端にしていても周りに迷惑をかけるだけだと思った」



野茂らしい言葉だと思う。




日米通算201勝(155敗)、米オールスター戦先発、メジャー両リーグでのノーヒットノーランなど数々の記録を残したトルネードは、多くの人々の心に鮮烈な記憶を残した。

1990年に近鉄入りすると、1年目から最優秀選手などを獲得。そしてメジャーへの挑戦。95年にドジャースに入団。速球とフォークボールを武器にオールスター戦先発など1年目から大活躍し、前年のストライキの影響で関心が失われていた大リーグを救った。「ノモマニア」と呼ばれる熱狂的なファンも生まれ、新人王に選ばれた。「ノモは日本の最高の輸出品」(当時のクリントン大統領)ともいわれた。奪三振王。ナショナル、アメリカン両リーグでノーヒットノーランを記録する史上4人目の快挙も達成した。ドジャースで地区優勝もした。快挙はそのまま伝説になる。黙々と投げ続ける姿、その生き方が心に残る選手だった。



個人的には残念でしょうがない。。



子供の頃、プロ野球選手で一番かっこいいと思ったのは、間違いなく野茂だった。


3歳の頃から球場に野球を観に行っていた俺は、大のプロ野球ファン。

そして広島ファン。


好きなカープの選手はもちろんたくさんいた。

カープの試合以外は観に行ったことなどないし、パリーグの試合なんてほとんど興味すらなかった。


でも、野茂の事は鮮明に覚えてる。



まずはドラフト。

オリンピックで銀メダルを獲得し、史上最多8球団から指名され近鉄入り。



一年目から三振の山を築く。

そして、力と気持ちのこもった投球。


そして、何よりもあの”トルネード投法”が印象的だった。






かっこよくて、子供の頃は野茂の投げ方を真似していたのを思い出す。



本当にかっこよかった。





寡黙で決して口が上手いわけではない。


周りに何を言われようが、自分を信じて投げた。

自分自身と向き合って結果を出してきた。




背中で語れる数少ない選手だった。




誰もが認めるプロ中のプロだった。





確か、小学生の時のオールスター。


野茂が見たくて見たくてしょうがなかった。

でも第1戦で先発してたので、見れる可能性はなかった。


しかし、延長戦に入り、

選手がいなかったので、最後に打席に立った。



あの瞬間、ものすごくうれしかったのを覚えている。


しかし、監督に立っているだけでいいからと言われたらしく、

ホントに立ってるだけで三振。



1回くらい振れよ!!笑



今考えれば野茂らしいと思う。笑




あの後、守備に出てくるかなと期待したが、出てきたのは工藤だった。

工藤はファンサービスを忘れず、おちゃらけてみせてくれた。



何年も前の事なのに、あの時の事は鮮明に覚えてます。


試合の結果は覚えてないけど。笑




ニュースで野茂が出てくるたびにテレビにくいついていた。




決して野球エリートではない野茂がMLBに行くなんて、誰もが思っていなかったと思う。




その野茂が日米の架け橋となり、パイオニアと言われるようになった。


今MLBで活躍している、日本のスター選手も声を揃えて、



”今の僕らがあるのは野茂さんのおかげ”



と言う。




NOMOベースボールクラブの事も同じように、

多くの人に夢を与えた。




誰よりもかっこよかった。

本当にかこよかった!!!



プロ野球選手が尊敬する野球選手だった。





「いつまでも投げていたい。草野球の投手でもいいんです」




本当に野球が大好き、

心はいつまでも野球好きの少年。




「夢をあきらめるな」


「マウンドでの投球がすべて」


「打たれることは恥ずかしいことではない。逃げることは恥ずかしいこと」





どんな時も挑戦し続けた野茂。



成績、記憶、功績、



どれをとっても本当に素晴らしかったです。







本当にかっこよかったです。





ありがとう、お疲れ様でした。














■日本プロ野球時代
1989年 近鉄が獲得
1990年4月10日、対西武戦でプロ初登板
4月29日、対オリックス戦(西宮)に先発し初勝利

【主なタイトル】
1990年 最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率
1990年-1993 年最多勝利と最多奪三振

■メジャーリーグ時代

1995年、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約。
1995年、5月2日にジャイアンツ戦で先発投手。
13勝6敗、236奪三振の成績で新人王、奪三振王のタイトル獲得

【主な記録】
1996年ロサンゼルス・ドジャース 9月17日の対ロッキーズ戦でノーヒット・ノーランを達成
2001年ボストン・レッドソックス 4月4日のボルチモア・オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーラン




◆野茂 英雄(のも・ひでお)1968年8月31日、大阪府生まれ。39歳。大阪・成城工高から新日鉄堺を経て90年に近鉄入り。18勝でMVP、新人王、沢村賞を獲得した。95年、ドジャースに入団し、日本人2人目の大リーガーに。1年目でオールスター戦に先発、13勝6敗で新人王を受賞した。96年と2001年にノーヒットノーランを記録。両リーグでの達成は史上4人目の快挙となった。08年1月にロイヤルズとマイナー契約。中継ぎとして3年ぶりにメジャー昇格したが、3試合で4回1/3を投げ、防御率18・69だった。日本で通算78勝46敗。大リーグでは7球団に所属し、通算123勝109敗。188センチ、104キロ。右投右打。