日常が急展開しているので、2018年末の腸閉塞の手術について、急ぎ目で綴ります。
2018年12月下旬に腸閉塞の手術をした後。
鼻から胃に管が入れられて、ドレーン2本と背中に麻酔ポンプ、導尿カテーテル、足には血栓防止ポンプ。
今回は、麻酔がきつくて、しばらくひどい吐き気が続きました
ドレーンを外す時には、体液の漏れがなかなか止まらず、もう縫ってしまおうということになりました。
主治医先生とは別の、イケメン風の若い外科医先生が担当。
「麻酔無しでちゃちゃっと縫っちゃいましょう」
「麻酔無し⁉️痛くないんですか⁉️」
「まあ痛いでしょうが、麻酔も針でさしますし」
いやいやいや!麻酔針とはワケが違うでしょ!鬼畜か⁉️
もちろん、部分麻酔ありで何針か縫ってもらいましたよ。
心の中で、鬼畜先生と命名し、以後会う時は警戒モードでした
リハビリの内容は、1回目の手術と変わらずでしたが、退院後すぐにまた仕事を始めたかったので、理学療法士さんが超スパルタでやってくれました
仕事で重い荷物を持つことがあるので、重りを持って階段の上り下りとか。
幸い、ガスも便も期日内には出ました。
でも、また腸閉塞になったらどうしようという恐怖で、病院内を歩き回ったり、スクワットをしたりとかして、必死に動いていました。
それでもあまりに腸の動きがにぶいので、主治医先生が、
「うごけ〜!!」
と言いながら、私のお腹をゆさゆさ
切られたばっかりなんですけど!
おまけに、絶食しててちょうど良いから、胃カメラもしようということになり。
胃カメラ台に乗せられてぐるぐるされました。
つかまる体力が無くて、落ちるかと思った、、
でも、胃はなんともありませんでした
大晦日には、1泊だけ外泊させてもらいました。
新年を夫と2人で迎え、オイシックスのおせちを頼んでいたけど、ほとんど食べれなかった。
でも、気分転換できて良かったです
午後にまた病院に舞い戻り。
だいぶ動けるようになり食事も普通食に戻ったので、2019年1月初旬に退院しました!
次の日からすぐに再復職。
まだ痛みはあったけど、どうしても休みたくなくて、頑張って行きました。
というのも、同僚というか半分上司のような変な人がいて
その人から、入院中に私が担当している仕事を「代わってあげる」というメールがきたんです。
私が「座りながらだったら出来るので、大丈夫です。ご配慮いただきありがとうございます」
と返信すると、3スクロールくらいある長文の逆ギレメールが。
要約すると、
「立って仕事出来ないなんて、社会人として失格だ!甘えている!私だって、その仕事はこれまでやったことがあるから出来るんだ!」
ですと。
仕事内容は、私が相手にレクチャーするもので、立ってても座ってても影響無いんです。
私のお断りのメールで、暗に「あなたには出来ない」と言われたとでも思ったのでしょうか。
よくわかりませんが。
体力も気持ちも落ちている入院時に、このメールのやりとりは、とても苦痛でした。
ちなみに、この人、今も在職していますが、あちこちでやらかしていて、会社と繋がりのある出先でも、出禁になってます、、
会社内でも、すごく嫌われている、、
どこにでもいるんですね、こういう人。
そういうこともあって、同じエリアの仕事仲間全員でする月初めの会議の中で、
がんであること、これから抗がん剤治療を始めることを伝え、迷惑をかけることを謝りました。
職場で病気を伝えるかどうかは、迷われる方もいらっしゃると思うのですが、
私は、これから仕事の割り振りを少なくしてもらったり、病休をとったりすることが増えると思ったので、なるべく多くの人に知ってもらおうと思いました。
抗がん剤治療開始は、2月末。
オキサリプラチンとゼローダの組み合わせ、Xeroxです。
この間に、別記事で書いたように、不妊治療をしてました。
そして、初めての抗がん剤治療で、どんな体調になるか分からなかったので、4月の新年度からXerox投与期間がおわる9月末まで、休職することにしました。
その辺りのことは、できたらまた別記事にしようと思います。
ここまで、
お読みいただきありがとうございました