人はある程度の年になると、自分が何をすると嫌なことが起きる可能性が高いのかを学ぶ。

そしてその嫌なことを意図的に避けて、平和に生きようとする。

嫌なことが起きるのは悔しいことやから当然といえば当然ですね。

若い頃はそんなことが起きると想像もせずに、何にでも積極的にチャレンジをして、結果的に嫌な目に遭うことも多かった。

でもね、その嫌なことがあったから、次はそんな事にならないようにと工夫もしたし、あらかじめの備えもした。

年を取るとそんな悔しい事は嫌だからと避けて通るし、それでも悔しいことが起きたら、逆ギレをしたり、自分都合の身勝手な言い訳を並べてとにかくそのことから逃れようとする。

そんなだから、成長は止まるんよね(ってか、退化するんよね)、年を取ると。

いや、年は関係ないか、チャレンジをやめたらそこからが老人になるんでしょうね。

悔しいときこそ、より良い次のための手立てを考えて、再度のアタックができる。

それこそが実力の源になるね。

悔しいは頑張るの源だと、僕は多くの戦う人たちを見てきてそう思う。

悔しいを繰り返しても、改善改善で挑む人だけが成功への道を歩んでるんだと思います。 

そんな生き方はしんどいけど
ちょっと面白いですよ。

うん、面白いと思う。
対価の話

皆さん、対価を支払っていますか?
同じく、自分が働いたのに見合う対価をうけとっていますか?

なにより対価の意味を意味をご存知ですか?

対価というのはその名前の通り「そのサービスに対する評価の額」ですが、もっと深く突き詰めたら「サービス与える側がそのサービスを継続して提供しつつ、よりよくしていくための費用」であると思います。

なので、対価というのは本当に大切なもので、ネギ一本にだって、
それを作る人の継続した活動を支える力(お金)が入っています。

ですから、高いものというのは世の中で自分にとって値段が合わないものなので、高いのではなく力が届いていないのだと思って何も言わずに通り過ぎてほしいのです。

「高い」って言葉は、そのサービスを提供している人が成り立つ価格を設定している訳ですから、その設定してる人が傷付きます。

例えば、サラリーマンが誰かに年収を聞かれたとして「それはあなたには高いよ」と言われたら怒るでしょ?

バイト先を探して面接に行ったときに、自分の希望の時給額を伝えたら「それはあなたに対しては高いよ」と言われてもつらいですよね~。

高いと言われたら、嫌なもんなんですよね。
ま、中にはぼったくりというのもあって、対価を逸脱している場合もありますが、そんなのはスルーしていけばいずれ淘汰されると思います。

とまぁ、そういう意味でも対価というものは本当に大切なものなので、皆さんにも今一度考えてほしいと思いました。

と、共に現在は、働いたことに対しての報酬も、緩い仕事に対する規則の中で働き手の善意や遊び時間まで取り入れていることから、日当などを不当に安価に設定をしているってのもよく見られます。

働く側がその対価で、その仕事で働くことを継続して、生活を成り立たせ、結婚や育児などを継続していけるのか?

そういう設定で無い仕事ってのは、どのような意義と意味があるのか、考えてほしいと思います(農業体験などのように、将来の就農や移住に向けた準備というのならば、それは学校であり学びなので対価の中から授業費を払っているという概念で相殺はあってもいいとは思います)

とまぁ、そこまで考えて、どんな仕事であっても、その仕事を選んでほしいと思います。

安価な労働が可能となっている現行の法律の中で、働き手だけが
安価に働き、ごく一部の経営陣が利益を独り占めしているのであれば
それは搾取でもあると僕は思います。

そういうのでも仕事だから・・・と、その仕事をしている人は、次の
世代の人たち対してにも「同様の搾取を認めていく」手伝いをしていると言っても過言ではありませんから、そんな仕事はしてはいけないのです。

しっかりと対価を考えてほしいと思います。

が、例外的に「自分は独立しているのだ」と思って、売り上げの中から
利益を獲得していく形で仕事をしている人は、その拘束時間ではなく
結果で利益を上げていけるわけだから、それは「自分の実力による成果に対しての対価でもあると言えます」です。

ま、これは起業した人はみんなそうなんですけどね~(僕のこと(;^_^A)。

その利益でしっかりとその仕事を継続して、、、より良いサービスを
提供すべく研鑽を続ける。

これが、仕事ってものなんでしょうね。

僕はその仕組みの中に、障がいのある人たちの仕事を見出したい。

そうも思ってます。

僕はその仕組みの中で「仕方なく我慢している人」の呪縛も解いて
あげたい・・・と思います。

その為に自分が何ができるのか、もっともっと考えないとなぁと思うし、そうなるように頑張りますので、また皆さん、いろいろと力を貸して貰いに行きますね~

もちろん、対価を支払いますし、僕ももらっています。
僕は起業家を支援する仕事なのですが
そんな僕にはいろんな人がいろんな相談や話をしてきます。

そんな話の中で思うのは、愚痴は愚痴のもとをたってしまえば次のステップに上がれると言うこと。

でも(笑)愚痴るだけで幸せな人が多いんだなぁとも思うこともあります。

同情を引きたいんですね、そういう人達。

けど残念ながら僕には、そして、食えている起業家たちには愚痴は改善の緒にしか見えず、その策を聞いても改善に対しての取り組まない人は、ただの駄目な人にしか見えないんで、どうか僕達に話すときは気をつけてほしいです。


例を上げると

今の勤め先の仕事が嫌だ→ならやめろよ→それができたら苦労しません→やめたらいいやん?思うように開業したらいいさ→辞めた後に開業する苦労は僕にはできないし→なら今のまんま我慢したらいいし、愚痴らなくていいやん?→「・・・」。


これ欲しいんですよね→買えば?→いまお金ありません→ならローンは?→それをしたらしんどくなりますから→なら金を貯めるまでそんなこと口に出すなよ→そんな金が貯まるような原資はありません→ならほしいって言うなよ、そこまでほしいなら無理してでも買ってそのために頑張るだけの簡単な事をばかばかしい→「・・・」


それぞれ

今の仕事が嫌だ→わかる!ほんと大変やね、頑張ってるね〜→そーなのよ、わかってくれてありがとう→そうして頑張ってたらいつかいいことあるさ

これ欲しいんよね→あれいいよねー→でもお金がなくてねー→うんうん、アレ高いもんねー→そーなんよねー→いつかほしいねー→そーやねー
って答えが欲しいのはわかるけど(笑)

そんか与太話に付き合うと、こちらがいつも研ぎ澄ましてる心の刃の切れ味が鈍り、お客さんに対していい仕事をできなくなるんですよね。
と、言うことで

やるならやる
やらないなれやらない

いやならやめたらいいし
やるなら文句言わずにやればいい

とまぁ、起業家たちは思うので

そんな人たちに愚痴ったり、自分の存在意義を問うて認めてほしい的なめんどくさいことはやめてくださいね(笑)

と、これは僕はここに、たまに同じことを書いてますが、そうして改善だけを目指して頑張って生きてる人たちが僕の周りの人なので、お互いの忘備録としてこのことを記しておきます(笑)
相手にとっても異質の答えなんでしょうね、僕達の答え。

それができたら苦労しません!と言われることが多いけど

それをするために泣き言も愚痴一つ言わずに今日も背負って歩いてるんですからね。
そんな人たちよりよほど苦労はしてるんですよね〜ほんと(笑)←いやほんと