コロナウイルスの影響で、首都圏にいる若者が地方帰省を早めているとか。
SNSでは、「これはイタリアの二の舞では」と心配の声が上がっていた。
さらには、外出自粛要請が出される中、若者たちがカラオケやクラブ、ライブに繰り出していたりもするらしい。
私には理解できないこれらの行動。
なぜか?と考えてみた。
おそらく彼らには「当事者意識」が欠如しているのではないか。
ではなぜ欠如しているのか。
それは、彼らが当事者になった経験が少ないからではないかと推測した。
年を取れば取るほど、何らかの当事者になった経験も増える。
当事者になったことがなくても、友人知人が当事者になった、という経験は必ず出てくる。
その時に「我が事」として考える機会を得るものだ。
けれども、若者はまだその経験がなく、自分事として考えることができていないのではないか。
これだけコロナウイルスが蔓延しはじめていても、「自分は大丈夫」「自分には無縁」と思っているふしがあるような気がするのだ。
また、「自分が感染するかもしれない」という側面しか見えていないようにも思える。
帰省を早めて慌てて地方の実家に帰る若者は良い例だと思うが、「自分がすでに感染していて、人にうつすかもしれない」という視点がまったく抜け落ちているのではないか。
その視点があれば、「地元に帰ろう」とはとても思えないはず。
その先の、自分が引き金となって引き起こすかもしれない悲劇を見越すことができるからだ。
自分の大切な家族、近所の人々、地元の友人。
そういった人たちにウイルスを媒介し、最悪死に至らしめるかもしれない。
あまりにも無知で、あまりにも軽率だ。
そして、そうであることに気づいていない。
これはとてもとても、恐ろしい。
こういったことを、もっと周りの大人たちや、行政や、メディアが発信しなければいけない。
私も、言えなかった一人だから、大きなことは言えないけれど…。