ブログネタ:自殺について考える
参加中先日、フリーアナウンサーの川田亜子さんが自殺で亡くなりましたね。
有名な人の自殺というのは、結構衝撃です。
私もたぶん、彼女のことをテレビで見ているから…。
たぶん、というのは、どうしても彼女の印象を思い出せないからなんですけど。
この件については、ネットを介していろんな意見が飛び交ってます。
自殺は絶対駄目と言う人と、完全に悪だと決め付けるのはどうか、と言う人。
周りの人が気づいてあげてほしかったと言う人と、そんなの無理だと言う人。
正直、人によって受け取り方は違うだろうし、難しい問題だと思います。
ただ…以前にも書いた「余命1ヶ月の花嫁」の長島千恵さんや、それ以外に「生きたい」と思いながらも、それが叶わず亡くなった方々もいるわけで。
だから命を大事に、死ぬなんて考えてはいけないと周りの大人やメディアから言い聞かされて私たちは育っているけれど…。
それを実践できるかどうかは別問題。
頭では分かっているけれど、心がついていかないということが、あるから。
だから私は今回の川田さんの件も、頭から否定するつもりはないし、
ただ、残念だなあと思うのです。
人ひとりが亡くなることで、失われる損失と言うものは、あまりにも大きいのです。
自分ひとりいなくなっても、世界にとってはいたくもかゆくもないこと、という人もいるけれど、
何をおこがましい、と私は思うのです。
世界レベルで活動し、世界のすべてにかかわり、貢献し、世界中すべての人に愛され必要とされているならば、そりゃあいなくなれば大変なことでしょう。
でも、そんなことは到底無理だし、私たち人間ひとりがかかわれる範囲なんて、正直たかが知れているのです。
でもね。
そんな小さな範囲の中で、自分をとても大切な宝物のように思ってくれている人が、必ずいるんですよ。
気づいている人も、気づいていない人も。
私がどんぞこに落ちたとき、そんな人の存在に何度救われたか知れません。
だからこそ。
限りある命で、いつかは失うものだけれど、だからこそド根性で生き抜きたいって思うわけです。
様子が変だな~と思ったら、話を聞いてあげてほしい。
そして、非難したり無理に励ましたりせず、
ただ「あなたは私にとって、とっても必要な人なんだよ」と言ってあげてほしい。
そばにいてあげてほしい。
どの人の存在にも、意味がないなんてことはないと思います。