28日付け朝日新聞「悩みのるつぼ」に
「母が嫌いです、どうすれば?」10年8月21日の
記事が掲載されていました。
読んだ方いらっしゃると思います。
「どんなに気に入らない人間でも、身内なら情を持って
接するのが当然だ」って思っていたという、この相談者
の気持ち。
私もそう思ってきたのよね。
「娘の私は我慢し、母の心のよりどころとならなくては
いけないのでしょうか」と悩む相談者。
この方は、私と違って、この相談をするまでの間、母親
に自分の過去イヤだったことなどを伝えたりして、すごい
なって思ったの。
私には出来なかった事だから。
私の場合は、どうにか表面上だけでも、母に従って母を
大切に思っているふりをしていれば、波風立たなくて
いいんじゃないかって思っていた。
ところが、私が思っていたほど鈍感じゃなかった、母と
私の娘達。
表面的なことばかり整えようと必死の私の日常にストップ
をかけてきた。
母は顔面マヒっていう症状で・・・・。
娘達は拒食症、不登校、リストカット・・・・・。
ここまでやられちゃ~受けて立つしかないよね。
まぁその当時は、なんで私にばっかりこんなこと起こるの
よ~。
私は私なりに一生懸命娘として母として頑張ってきたのに
って、今目の前の現実を受け入れられない状態。
そんな私が思ったのが、
「人が生きるってなんなんだろう・・・・」って事。
人はなんで生きてるんだろうって事。
人は何のために生きているんだろうって事。
それを追求していけば、答えはでてくるかも・・って思った。
さて、この記事に戻って、
この新聞の相談者に対して、社会学者の上野千鶴子さんは
「相性のよい親子がいれば、他方に相性の悪い親子がいて
も当然」だし、親子関係は非対称で、「親は子どもの人生に
責任がありますが、子どもは親の人生に責任がありません」
って回答している。
その上で
「母親のあなたへの執着」があなたに苦しみを与えている
のではなく、「母親の要求に応えたいと思うよい子意識」
のようですね。
と結んでいる。
正にその通りでね、今でも私は母親に対して「よい子意識」
は持っていると思う。
なかなか捨てられるものじゃない。
だって、それって自分にとって大切なものだからね。
でも、捨てなきゃッって思ってきたんだわ。
いつかは捨てなきゃッて・・・。
自分が楽になる為に・・・・。
でもね、最近変わったの、この考え方。
捨てなくてもいいんじゃないかって・・・。
だって、「よい子」で頑張ってきたんだもの。
それを母は認めないで、もっともっとよい子であれと望んで
きたでしょう。
だれも認めてくれない私のよい子。
せめて私が認めようって思ったの。
そうじゃなきゃ、可哀想すぎでしょう。
母に要求されると何かしてあげたくなっちゃうよい子の私。
親孝行の私。
自分の人生40年以上かけてよい子やるって、たいへんな事よ。
しかも苦しみの中でやるんだから、並大抵じゃ続かないよ。
なので、私は「よい子意識」を持ち続けます。
私なりの「オリジナルよい子意識」母が認めようが、
認めなかろうが関係ないのよ。
私公認なんだから・・・・・ね。