ワイの膝は弱々ブログ

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膝が弱いです。あとotumuも

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だいぶ更新が空いてしまった。

 

どこからか、あぁ、同棲し始めからか、、、

 

 

 

 

付き合いたての‘明日が待ち遠しい’みたいな

朝日できらきらしている水面のような感情は一時でも味わえていた。

 

というのも、

「来月温泉旅行に行こう」

「脱毛サロン通うならお金出すよ」

「レンタカー借りてアウトレットとか行こう」

「毎週二人で飲みに行こう」

 

近い未来、少し先の予定をたくさん提案してきて、

あぁ、愛されているのかな~ってこれだけ私のために色々考えてくれる人が

こんなに近くにいたんだなぁ~って、安心しきっていた。

 

だから、もう今迄みたいにクラブで男と飲むのはやめてほしい。と言われた時

それはモチロン。と承諾もした。

 

これだけ私のことを好きでいてくれる人がいるんだから

安心させてあげないといけないなぁ、と思っていた。

 

 

同棲も慣れてきたころ、

 

ずっと前に私がインスタに投稿していた男の子との写真を消してほしいと言われた。

「今度遊ぼう」の社交辞令は使わないフッ軽さだからこそ学生のころから仲良しだった。

 

その写真は、彼と仲良くなる前に投稿したもの

向こうは彼女もいたし、もうしばらく会ってないような子だ

 

それを説明したとて、

「今付き合ってるのは俺だ」「俺の顔をつぶす気か」と怒鳴られ

また、他の異性との写真も全て消すように言われた。

 

 

その時は、多少の違和感がありながらも

すごい嫉妬深くて独占欲が強いのね、仕方ないか、、、ぐらいにしか考えていなかった。

相手を安心させることも付き合ってくうえで必要だ

彼とは違うコミュニティで、男女の距離感の考え方も違う

お互いが相手のためにどこかを妥協しないと、何事も上手くいくわけがない

 

 

例え自分の中で楽しかった思い出を残したくても

現在進行形でない限りは独りよがりで、ただの自己掲示に過ぎないこと。

 

 

私はこの考え方は、家族や周りから愛されて育ってきた人間に

突きつけて良いものだとは思わない。

誰の目も気にせず、好きなものを好きと、

楽しかったことを「楽しかったよ」と言える、ただそれだけの事で。

 

自分の人生の主役は私。

 

でも世界はあなたを中心に回っているのではない。

 

 

 

 

 

 

似て非なるものかもしれないけど、難しいことは言ってないつもり(笑)

 

 

今回は束縛?が始まったころの話でした。

 

おやすみなさい

 

 

先ずは馴れ初めから。

 

私は当時23歳、サービス業をしていて、趣味はイベント通い、クラブ通い

11歳年上の彼とはイベントでよく会う程度の仲だった。

 

その頃、私には想い人がいた

性格的には当たって砕けろ精神とまではいかないが、体当たりせずの展開があると思わない考えだった。

何度も好きだと言ってみたが、その都度かわされていた

 

そんな中でなんと!1年前から私のことをずっと想ってくれていた人がいた

それが彼だった。ここではジョイフルとする。由来に意味はない。

ジョイフルとは出会って1~2年で仲は良いが特別意識したことはなかった

会えば乾杯するくらいの仲だった。

 

23歳の私の周りは結婚ラッシュだった。

結婚願望は強くないにしろ、それなりに“彼氏”が欲しかった

好きな人には振り向いてもらえず、一緒にいて楽しいと思える人にも出会えずに半ばあきらめかけていた時

クラブで気の合いそうな人に出会った。

 

朝までみんなで一緒に飲み、帰り際に付き合ってみようぜ!のノリになった。

今思えば自棄になってたし、これから仲良くなっていけば良いや、くらいの、

タンポポの綿くらいふわっとした気持ちでいた。何にも考えてなかった。

その数日後、いつもの定期イベントへ足を運んだ際に、彼氏?ができた。とぽろっと周りにもらした

それを小耳にはさみ焦ったのか、ジョイフルのアプローチが始まった

 

クラブで知り合った彼とは公園で花火をし、一度ご飯に行っただけだったが一応お別れをし

ジョイフルと飲みに行った

イベント以外でサシで会うのは多少緊張もしたがなんとなしに居心地は良かった

 

この人で良いのかもなぁ、、、

妥協も人生だしなぁ、、、

 

 

今考ええると、中途半端に生きてきた人間の妥協ほど、価値のないことはないと思う。

寂しさにかこつけたお付き合いOKの返事に、ジョイフルは喜んだ

 

こうして念願?の彼氏ができた

 

そこからはトントンと物事が進んでいった

私の一人暮らしスタートのタイミングで、付き合って1か月で同棲が始まった。

引っ越し作業も済ませてくれ、気付いたらジョイフルの2LDKの部屋に転がり込む形になっていた

 

 

 

 

人は辛い期間の時間軸が曖昧になる。

脳が忘れようと蓋をするらしい。

今から穿り返してくのかと思うと不思議とわくわくしてくる。

 

 

今日はここまで、寝ます。

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モラハラとは

モラル(道徳)による精神的な暴力、嫌がらせなどのハラスメントを指す。

目には見えず、また被害者である当人ですらも気づかない場合もある、感覚的な傷害だったりもする。

 

ここでは私が体験し、身をもって感じたことを書いていこうと思う。

備忘録的な意味をも含め、共感してもらえるような内容であることを願います。

 

当時、モラハラを受けてる真っ最中だった自分の目を覚まさせるには

同じような体験談を受け入れる機会をつくるべきだった。

 

セラピーが身近になく、自分とは無関係だと思うこの風潮は

悩みや意見をあまり口に出さない、この国民性のせいかもしれないなとも思う。

 

時系列で追って書き留めていこうと思うので、更新のテンポは良くないかも。笑

 

 

では、また次回から。

おやすみなさい。

 

 

 

今日も⑤番の乗車位置でぼんやりと一日の振り返りをする

 

目の前で若い女が飛び込んでいった、湿った線路に落ちてゆく

 

地下鉄は反対側の電車との間にコンクリートの柱がある

その壁に鮮やかな赤色の線が走った

 

0.03秒の沈黙が流れる

これだけの人がひしめき合う中なのに深い森の中にいるような

不思議なほどふんわりとした空気に包まれる

 

思わずそっと深く息を吸い込もうとしたと同時に、耳を劈かんばかりの悲鳴が響く

 

私はぎゅっと目を閉じ、耳を両手で塞いだ

 

しぶきが視界に舞うのを確認したが、まさか今朝卸したばかりのベージュのニットに着地するとは思わなかった

 

その点になった一滴から目が離せなくなり

見つめているうちに涙が溢れてくるのを感じた

 

汚れてしまったのが悲しいのか、この喧騒が怖いのか

この殺伐としたグレーの世界に生を感じさせてくれるのはこの赤点だけだ

 

いつも見ている景色はきっと

私自身の恐怖と誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれない