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もっともっとひとりごと


先日、国境なき記者団によって、報道の自由が守られている国ランキングが発表された。
日本は先進国にもかかわらず最低ランクの順位であり、日本メディアと政府との限りなく密接な癒着が明らかになった。

以前からメディアに対する不信感は抱いていたが、これほどまでとは思わなかったし、また見方が変わった。原発事故、放射能汚染などもだが、あらゆることが国家機密として隠されている。メディアは政府の傘下にあるので、それを一切暴こうとする気配はない。
日本のメディアに信憑性がないことがはっきりとわかったニュースであった。


しかしその一方で、世界的にも差別的表現に対する糾弾が激しくなっている。


日本の差別的表現における意識が低いとも取れるが、だからといって男の子向け女の子向けという表現が叩かれたり、男の子なんだから女の子なんだからという表現さえも叩かれるのは、どうなのだろう?

自分が女らしさをある程度守ってきているからそう思うのか?
性同一性障害や同性愛に対する偏見はない。が、だからといって男性と女性、という性における差がないとは言い難い。
もちろん例外はあるが、やはり多数の男性は女性より筋力も発達しやすくロジカルシンキングが得意だと思うし、女性は感情的な部分が強く力は弱い。
男性らしさ女性らしさが求められたり、指標の1つとして教育に設けられるのは、動物であるが故の本能として当然だとも思う。
少数派が悪いというわけではないが。


うーーん
ジェンダーレスが広まり、同性愛などに寛容になるのは良いと思うけど、それでも性から確立される表現も大事なのではないかなぁとぼんやり思ったり。