
ある朝は、K氏は家の前に広がる海岸に出てみた。
あたりは人影もなく、ただ、波の音と海面に照らされた光の煌めきが
彼をを出迎えてくれた。
・・・・・・・
数年前までは、わたしは人生に疲れ果てていた。
会社経営もうまくいかず、そこで関わっている人間関係も良くない方向へ
悪循環していった。
お金が回らくなりにつれ、家族との関係もぎくしゃくしていった。
自分に対する自信も失い、絶望のどん底まできてしまっていた。
何で、自分がこんなになってしまうのかわからなかった。
この世界には、悪知恵をはたらかしてうまいことをやって、
成功している者も五万といるのに。。
なぜ、そんな人間が苦しまないで自分が苦しまなければいけないんだ。
この世界は矛盾しているのではないか。
わたしは自分で言うもの可笑しいが、人のために生きてきたつもりだ。
会社経営にしても、社員をぞんざいに扱ってきたつもりもない。
家族に対しても、自分ができる中での愛情を注いできたつもりだ。
それなのに何が原因でこんな惨めな自分に落ちてしまったのか理由がわからなかった。
わたしは、あるときからこの情況から抜け出すには、表面的なことを変えていっても
何にもならないんじゃないかと思った。
そこから、わたしは、哲学書、宗教書、自己啓発書などを読み漁っていった。
色々読み漁っていった結果、うっすらと見えてきたものがあった。
それは、「すべの原因は自分が作り出している」ということだった。
わたしは、今まで、自分に起こっていることは、
時には自分が原因となっているものもあるかもしれないが、
これは絶対自分が原因ではないというものもあると思っていた。
要は、すべて自分がつくりだしているとは思っていなかった。
というか、思いたくなかった。
だから、「すべの原因は自分が作り出している」というのが少し見えてきたとき、
絶対認めたくないと思う、あの過去のことが蘇ってきた。
それは4年前の秋のことだった。
わたしはその当時、食品製造業を営んでいた。
ある日、うちで製造した商品を取引先のA販売業者が賞味期限表示を書き換えて販売したということで、
突然、その製品がストップしてしまった。
この商品はうちの一番手の商品で、この商品で経営が成り立っているものだった。
一気にこの製品の信用が無くなり、会社を畳まなくてはいけない状況に追い詰められてしまった。
この状況を「すべての原因は自分が作り出している」と
どうして思えるだろうか。
明らかに加害者はそのA販売業者だ。
自分には微塵も落ち度がない。
なのに、なぜ自分がこの状況に巻き込まれなければいけないのか。
そういうことが結構この世には溢れている。
けして、まじめにやっていることがイコール幸せになっているとは言えない。
これはなぜなのか。。
わたしは、ずっと、この謎が不思議で不思議でしょうがなかった。
ある日、わたしが路頭に迷っているいる時、友人のSが一冊の本を手渡してくれた。
そしてSはこう言った。
「この本は、これからの君の人生の道しるべになってくれるよ」と。
渡された時は、ただ、こんな分厚い本読みきれるだろうかと負担に思っただけであった。
この本がこれからのわたしにとって、
人生の舵を大きく切り替えすものになるとは、
予想もしていなかった。。



この続きは次回に!
お楽しみに

