ひさびさのブログです。皆さん、こんにちは。
前に山形に行ったときは、山寺、湯殿山、米沢などでしたが、印象深かったので、今回は羽黒山から酒田市を目指しました。
山形旅行を決めたあとに、『おしん』の再放送が始まりいっそう楽しみが増しました。
時系列でなく、ジャンルごとにまとめてみます。
【自然編】
酒田市の玉簾の滝です。約1200年前に弘法大師が神のお告げがあって発見されたとされています。落差63m幅5m。鳥海山の麓の駐車場から500mほど歩くと急に滝が現われて驚きました。
近づくと、太陽の光があたって虹が現われました。刻々と移動する太陽の光のあたりかたで、虹が二重に現われることも。
水と光がおりなす幻想的な風景冷たい霧状の水のおかげで、暑さを忘れてひんやりした空気に包まれます。
二泊目の日本海に面する酒田市の宿から見えた夕日です。美しかった。瀬戸内海とは違う海の景色に癒されます。
酒田市の宿から、鳥海山にあがる道が近かったので車で五合目まで登りました。お天気が良くて、はるかかなたまで見通せます。前日のお昼に酒田市で山形牛を食べに行ったお店で鳥海山が意外にすぐ登れることを教えてもらったおかげで行くことに。鳥海山は秋田県のイメージがあったので、遠い、と思い込んでいたのです。
鳥海山でビジターセンターに寄って、花や鳥の楽園であることを知りました。そのときに見た「元滝伏流水」の写真に魅了されたのですが、秋田県側に下りないといけないことがわかって、仙台空港まで戻らなければならないので断念。でも、なんと道を間違えて下山したところに「元滝伏流水」の案内板が!神様が導いてくれたのでしょうか。
滝が大好きなわたしですが、ここの美しさは別格。雪解け水のせいでしょうか、滝に到達するまでの清流で手を洗ったときの冷たさは半端なかったです。木々と岩、苔、水が創り出す、清涼な美しさにただただ見惚れました。
【歴史編】
今回の旅の目的のひとつが山形県立博物館にいる「縄文の女神」に会うこと。上野の縄文展でひとめ惚れした女神様は、東京でいろんな土偶と並んで展示されているときよりも、高貴に見えました。不思議な姿。山形には縄文の遺跡もあって、太古の昔からの歴史を感じるのも、好きな理由です。
小さな土偶たちも可愛らしく、これらを創った人たちが身近に感じられます。
一泊目は羽黒山の麓にある修験者たちが泊まる宿坊を改造した旅館に泊まりました。なんと、冷房がない!いったいどういうこと?と思いましたが、夜が更けるにつれて山の冷たい空気が部屋に満ちてきて快適に眠れました。
そこから少し車で移動して、杉木立の中を歩いて国宝「五重塔」へ。明治以来開かれていませんでしたが、令和を記念して特別に中を拝観できました。五重塔の作りなども見られます。ですが、ご本尊は布に隠されていてちょっと残念。やはり山形はどこか熊野にも似た雰囲気があって、だからなおさら好きなのかもしれません。山で修行する人たちの想いが感じられます。
羽黒山の山頂にある「出羽三山神社」へ移動。なんと、湯殿山、月山、羽黒山のすべての神様がみんなここに集結!ここをお参りするだけで、すべてを行ったことに!? なんかちょっと胡散臭いですよね。なんといっても前回、湯殿山での神秘的な体験をしているだけに、ここをお参りするだけで、湯殿山に行った…と感じられるはずもなく。
画像の枚数制限があって、載せられなかったのですが、本殿前に「鏡池」という名前の池がありました。霊験あらたかな池らしく、そこに銅鏡を投げ入れる人たちが大勢いたとか。羽黒信仰の中心らしく多くの信仰を集めた、と説明にありました。
その信仰は、熊野にも勝る(という書き方だったかどうか忘れましたが…)というような、熊野をライバル視するような書き方に「なんでっ?」と思ってしまったのは、わたしのなかに玉置神社をはじめとする紀伊半島が大好きな気持ちがあるからでしょうか。信仰に優劣はなく、人が多いから優れているわけでもない、と思うのです。ですが、出羽三山を誇りたい気持ちは伝わってきました。
まあ、いいか。
海に面した宿の近くにあった、十六羅漢像です。これは素晴らしかった~!海を背景に自然の岩に、コツコツと彫られた仏様たち。だんだん、風化しているものもありましたが、素朴で力強くて素敵です。
【おしん編】
いま、『おしん』にはまっているのですが、おしんの母ふじが、出稼ぎした銀山温泉。おしんは酒田へ奉公に出る前に母ふじを訪ねます。元は銀山の採掘で栄え、銀が採れなくなったあとは温泉街として栄えた歴史のある街。きっとさびれているのだろう、と予想していたのですが、とんでもなかったです。
自然景観に合う街並みをきっちりと守り、大切に伝えているのがわかりました。たくさんの観光客が訪れる人気スポットなのでしょう。
ここも『おしん』で有名なスポットです。「山居倉庫」はただの観光地ではなく、今も米蔵として現役で活躍しています。熱がこもらないように屋根が二重構造になっているのが特徴。
(山形県HPより)
山居倉庫は1893年(明治26)に酒田米穀取引所の付属倉庫として、旧庄内藩酒井家により最上川と新井田川に挟まれた通称「山居島」に建てられた。
舟による米の積み下ろしに便利な立地で、12棟の巨大な木造の倉庫を連ねた美しい建物と、最上川側のケヤキ並木が独特の風情を伝えている。
建設された14棟のうち12棟が残っており、現在も米穀倉庫として使用され、一部は「庄内米歴史資料館」や観光物産館として活用されている。
この「旧鐙屋(きゅうあぶみや)」も山形牛のお店で教えてもらったスポットです。
(酒田市HPより)
鐙屋は、酒田を代表する廻船問屋で、江戸時代を通じて繁栄し、日本海海運に大きな役割を果たした姿を今に伝えております。
当時の鐙屋の繁栄ぶりは、井原西鶴の「日本永代蔵」にも紹介されたほどでした。屋敷は石置杉皮葺屋根の典型的な町家造りとなっており、内部は通り庭(土間)に面して、十間余りの座敷、板の間が並んでいます。昭和59年に国の史跡指定を受けました。
いろいろ盛りだくさんな山形旅行です。仙台空港から宮城県、山形県、秋田県まで行ったわけですが、下道もすいていてストレスなく移動できました。ただひとつの誤算が帰りの仙台へ入る道。事故渋滞と自然渋滞に巻き込まれ、飛行機に間に合わないかと、はらはらしました。カーナビも横道を教えてくれません。
Googleもなぜか、公的交通機関の行き方ばかりで、車のルートを教えてくれません。もし万が一飛行機に乗れなかったら、8/15は台風で全便欠航になってしまう!となおさら焦りました。どうしよ~助けて~と思った瞬間、Googleが「次を右に曲がります」といきなりナビ開始。びっくりしましたが、素直に従うと前を走っていた宮城ナンバーの軽トラも曲がるではありませんか。これは天の助け!と感じ、ついていきました。あれよあれよという間に、たぶん遠回りはしたのでしょうが、仙台空港に辿り着けました。
東北は長い歴史に育まれた独自の文化と豊かな自然に恵まれた土地。人も優しいです。岩手県や秋田県はほとんど知りませんので、また必ず行きたいと思います。