ああ、またあっという間の1か月でした。

 

特に先月は忙しさの頂点にいたのだけれど、今月になって少しずつ忙しさや自分の心の足枷から解放されてきていて。

この2日間くらいは、自分の中に静寂が戻ってきたのをしみじみと感じています。

 

静けさが戻ってきたのは、自分はすごく傲慢だったなあと自覚したことから。

 

それって実は、こういうことだったんです。

 

思い起こせば、この半年強は毎日毎日忙しい、忙しいばかりで。

よくよく考えると、まるでクレヨンしんちゃんが「オラ、すごいんだぞ!オラがいないとまわんなくなっちゃうぞ!」ってグルグル、バタバタ走り回っていたかのようです。

 

 

今日の私はそこまでの忙しさはなく、むしろ同僚のI先生(熱血タイプで、精神療法が生活指導になっちゃうので、みんなで教頭先生と呼んでます<笑>)が朝からすごく大変な1日だったんです。

 

I先生は午前中、外来診療をしながら、具合の悪くなった外来患者さんを入院させていたんですね。

そうしたら病棟から電話があって、受け持ち患者さんが急変との知らせが。

急な入院も入って、超絶忙しい外来の合間を縫って病棟に行き、診察して必要な処置を指示し、また外来へ。

午後にはくだんの患者さんはお亡くなりになり、そのほかの病棟からもワラワラと連絡が入って、てんてこ舞いのご様子でした。

 

自分だけが忙しいと思い込んでいたけれど、本当は同僚の先生方も大変な思いをしているんだな、としみじみ感じた1日でした。

 

そんなことを思っていたら、今日は定休日のT先生が昼過ぎから出勤。

私が、お休みなのにどうしたのですか?と言わんばかりの視線を向けると、T先生は

「書類がたまっているのでね」

とはにかむようにおっしゃって、それからは医局にこもってひたすらPCに向かって書類と格闘されていました。

 

T先生は無口でおとなしく、普段は自己主張しないので目立ちませんが、連休の前日に入院が入ったりすると、患者さんのことが心配で休診日でも病棟に入っていることがよくあります。

 

だからやっぱり、

 

自分だけが頑張っている

 

というのは、とんだ思い上がりであり、それぞれの先生たちなりに仕事への思いがあり、そして患者さんのことを大事にしておられるんだな、というのがふっと腑に落ちたんですね。

 

 

そうしたら、ああら不思議。

 

心の中にさあああ〜っと塩釜港から風が吹いてきたんですね。

 

これまでやかましかった頭の中がシーンと静まり帰って、安らぎの感覚がやってきたんです。

夏の夜空を見上げると、雲がゆっくりと、しかし確実に流れていました。

何だか、生きているだけでもう十分に幸せであり、あとはそれをどう味わうかだけなんだ、とわかったんですね。

 

去年、本を書いていた時にはそういう思いと共にいたけれど、いつの間にか忘れてしまっていたんですよね。

 

「やっと戻って来れた」

 

今はそんな気分でいます。

 

 

そんな今日は久々に中国古典の世界を楽しんでみましょう。

 

伯牙乃舍琴而歎曰:「善哉善哉!子之聽夫志,想象猶吾心也。吾於何逃聲哉?」

ー『列子』 湯問篇
 
伯牙は琴を置くと感嘆して言いました。
「ああ、なんて素晴らしいんだろう。君は僕の演奏を聴いただけでまるで僕の心を全て見通しているみたいだ。君の耳に僕は嘘がつけないよ」
 
 
今日は、なぜかこの一節が心に響きました。
 
自分自身の魂は、全て自分の心の動きをつぶさにみて、そして見守ってくれているんだなあと。
 
 
とても良い夜です。
素晴らしい7月の終わり方です。
 
明日からの8月が、皆様にとっても佳き日々でありますように。