こんばんは!
今日は記事アップがこんなに遅くなってしまいました。
実は、先週の甲子園からずっとモヤモヤしています。
まだ仙台のあちこちに、「仙台育英のみなさん、感動をありがとう!」のポスターが飾ってあり、私はそれをみるたびに、
「選手のみなさん、須江監督、そして育英を共に応援したお仲間たち、本当にお疲れ様!」
(あんな四面楚歌状態で、本当によく耐え、よく頑張られました)。
兵法的に言えば、甲子園も「勝てばいい」のかも知れません。
でも、観客席のほとんどを埋め尽くすほどの「大軍」で押しかけてきて、自分たちが守備の時も鐘や太鼓をジャンジャカならすかのような大騒ぎで相手チームの攻撃を封じ込めてしまうなんて、やりすぎだし、美しくないと私は思います。
視覚的にも十分の圧力なのに、聴覚的にも撹乱するだなんて。
聴覚って、野球のようなチームプレーでは、とても大切です。
なぜなら、聴覚は(超)音波や微細な振動も関係しているからです。
コウモリなんかもそうなんですが、超音波を出して獲物や仲間同士の距離を測ったりしているのと似ています。
したがってあまりに周囲がうるさすぎると球のスピードや球との距離感などもわからなくなり、外野手同士がぶつかるなどという育英らしからぬ事態も引き起こすわけです。
えげつない応援って、暴力だと私は思います。
そんな今日は、四面楚歌の故事になぞらえ、項羽が虞姫との別れ(覇王別姫)の際に詠んだ歌を替え歌にして、
私の気持ちを表現したいと思います。
力拔山兮气盖世
时不利兮球不逝
球不逝兮可奈何
天兮天兮又奈何
力は山を抜き、気は世を覆う
時利あらずして球ゆかず
球のゆかざるを如何すべき
天よ天よ、彼らをどうしようというのか
須江監督の言うように、私も「人生は敗者復活戦」だと思います。
明日も仕事頑張りたいと思います。