昭和から平成に変わった時から、100年は経っていない。
なのに、何故こんなにも命を無下にして、世に平然と生きている若者が多いのだろう。
戦前、戦時、戦後、時代が流れるのは当然だ。
しかし、変わらないものと変わっていくものの区別がつかない若者、大人が多すぎると感じる。
生かされていて、生かして、人は一人では生きていけないという概念を、今の日本人は持ち続けているのだろうか?
最近では、親が自らの子を捨てたり、殺したりと、親と名乗る資格もない、無意味で悲惨な事件が後を断たない。
何故だろう?
戦後は、食べ物欲しさに、闇市で奪い合い、盗み、とにかく皆、生きる事に必死だった。
今の現代人は、『平成の時代』戦後の王族や、貴族よりも、裕福な暮らしをしているという事実を、噛み締めているのだろうか?
押し付けているわけではない。
分かってもらいたいのではない。
ただ、知ってほしいだけだ。
人が、何故食事をして、排泄をして、腹を空かして、汗を流すのか。
生きる為に、自らを犠牲にしていた時代は、過ぎ去ったのではない。一生続いていく事なのだ。
俺は、自分が平成の時代に生まれてきた意味を、これから先、追求し続けるだろう。否、追求し続ける運命だったのだろう。
訳などなく、生かされた意味は、自分自身で見出だしていくもの。
他人が教えてくれるものではない。
一瞬一秒の意味を、これからも、噛み締め、孤高という風に乗り、上昇して参ろう。
共に汗を流す仲間達は、皆、孤高な筈だ。
命ある限り、終われない。
岩井大地