







竹中稲荷からは来た道を戻ったのかな、山すそをを回りこんで吉田神社。鳥居の奥に階段があるのは山の神社らしさ。境内にタクシーが入ってきて礼服の人を降ろす。婚礼があるようだ。
神社は貞観元年(859)、藤原山蔭(やまかげ)が一門の氏神として奈良の春日大社四座の神を勧請したのに始まるというから1000年以上の歴史がある。
境内にはその春日大社の「神鹿」の像が置かれている、そして国歌に詠われている「さざれ石」も。
境内中央には注連縄で囲まれた一画があったが、火を焚いたようなのでなにか神事をするのだろう。
1000年を経てもなお「生きている」というところがすごい。が、京都というところはそれが当たり前のようになっているのだからそれもすごい。
神社は京大に近いが、京大受験生が当社で祈願すると落ちると言う。拒否の姿勢が面白い。
落ちるのはいやだが、では「受かる」ならいいかというと、考えればそれも安請け合いで「オレは拝んだが落ちたぞ」というクレームは必至だ。自分の責任を神社に押し付けられても困る。
神仏祈願もいいが、近いからといって「手近な」ところで済ませるなってことになろう。