イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

◎矢取地蔵http://www3.kcn.ne.jp/~mamama/kyoto/temple/rajyou-mon-02.htm

○羅城門跡へ行く手前の九条通りに面して、なにやら怪しい感じのあばら家がある。これがなにをかくそう矢取地蔵である。

○説明文が出ていた。引用すると、淳和(じゅんな)天皇の時代、渇水があり、東寺の空海と西寺の守敏(しゅびん)に雨乞いの勅命が下った。場所は御所の神泉苑で行ったが、空海の祈祷で3日3夜雨が降った。これを恨んだ守敏は空海に矢を放ったが黒衣の僧が身代わりに矢を受けた。それが地蔵の化身で、矢負い地蔵とか矢取地蔵といわれる発祥で、当地にその地蔵を収めている。地蔵にはその矢キズがある。

○こういうのを見ると、空海さんはいいが、敵役の守敏というのは貧乏くじで、実際はどうなんだろうと思う。

○ネットで見ると東寺と西寺の間か、空海と守敏の間で勢力争いのようなことがあったようで、そういう逸話が生まれたとも言えるが、これはちょっとわからんなあ。

○雨乞い合戦でも、双方初回の祈祷では成果がなく、その後、空海が、守敏が邪魔をしているのを見破ったという話もついて来る、邪魔ができるくらいなら始めから雨を降らせてもいいだろう。そこらへんのところはいかにも矛盾する。

○守敏がどういう人物だったかわからないが、西寺が廃れてしまったことから時間をさかのぼって作られた話のように思うなあ。守敏の肩を持つわけではないが。

○お堂はガラス戸が閉じられ、中をのぞくと小さい電球が点いている。たしかにそれらしい像があるようだがよく見えない。京都の他の場所でもそうだが、戸を締め切って「半公開」か「ほとんど見せない」状態になっているのはいただけない。改善を期待する。

○敷地内には小さい地蔵や石標の類がごろごろしているが、地蔵は周辺で埋もれていたのを集めたらしい。石標には「愛宕大権現」と彫られたのもある。ここがそれなの?。その他道しるべのような石標もあった。