








立札に藤原信房が泉涌寺第4世月翁和尚に帰依して興した、泉涌寺の塔頭とある。
泉涌寺の北東側に隣接する。まさしく塔頭寺院。記憶ではひっそりとした穴場的なたたずまい。大石良雄、即、内臓助ゆかりのお寺。大石内臓助が寄進した茶室、含翠軒があるが、ここだけ有料だったかな、そっちへは行かなかったと思う。有料だからというだけじゃなくて、なんか気がのらなかった。
空海上人伝説のある独鈷水(大きい写真と4枚目)。これはふたが閉じてあってよくわからんかった。この伝説によるものか空海上人が創建とされているようだが、実質は上記の藤原信房であろう。
ネットでもこのお寺についてはあまり情報がない。それに立札の説明でもネットでもなぜか創建年については表示がない。空海伝説はいいとしても、それなら800年代だし、藤原信房は1200年代後半のことになる。
荒神堂に重文の三宝荒神坐像があるとか言うが、見方が悪かったものか全然拝めずじまいだったがどうなんだろう。
これはすべったが仕方がない。こういうことは・・・よくある。