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◎高山寺http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%AF%BA(ここにもミステリーあり。ワシの推理は・・・)

三尾は山の中。その中で最も北にあるのが栂尾高山寺。市街を抜けて周山街道・R162を行く。やがて樹林帯となる。清滝川を渡れば、すぐに高山寺入り口。街道左手に観光用の駐車場があってその手前に参道が2本あり、山の中にのびている。奥のほうが裏参道、距離が短いようなのでそれを登った。

しかし、道は石段だが敷石はゴツゴツして角度があり、先が思いやられたし行き着けるか不安にもなった。

やっとたどり着いて拝観料600円。後鳥羽上皇が明恵上人にこの地を下賜された折に「日出先照高山之寺」の扁額を授けて寺名のもととなった。華厳経にある言葉だということで寺が山中にあるのをなぞらえている。現在、世界遺産。

そもそもの開山は別名で宝亀5年(774)光仁天皇の勅願というし、外観地味ながら由緒正しき寺院だ。

明恵上人も有名だが、鳥獣戯画図、上人を描いた樹上座禅図、上人が住んだ石水院など、大伽藍があるわけでもないのに国宝がいっぱい。それに日本最古の茶畑がある。

模写だが鳥獣戯画図や樹上座禅図などを見た。石水院もそうだが、山中の古い建物はなぜか構造の木材が白っぽくなっている。そしてここには三門がないのも特徴だという。なるほど、そういえばいつのまにか境内に入ったという感じ。

寺の境内は斜面になっている。石段があり、地面も石がころがりデコボコがありでワシ向きではない。市街にある寺院とはかなりオモムキをコトにする。石水院を出て開山堂(写真5枚目)明恵上人御廟(6枚目)仏足石(7枚目)金堂(8枚目)お茶畑を見て周る。

帰りは表参道側を行った。金堂からのびる「金堂道」(10、11枚目)を行くが、平らな四角の敷石17枚を斜めに組んで並べたところがある(9枚目)。

ワシはこれを見て宇治の万福寺を思い出したのだが、つまり日本風ではないのだ。お寺でもらったパンフには直接にはこの敷石のことは出てなかったが、ここの茶畑のもとは栄西禅師が宋からお茶の種を持って来たことに始まるとあった。 (万福寺の写真・http://blogs.yahoo.co.jp/ttdcx227/41755135.html

そう、お茶のもとは中国の宋(ダジャレかい)、お茶の木を分けたのは宇治(跡影園あしかげえん。パンフにあり)なのだ、この敷石は宋や宇治やお茶つながりなのだ・・・と推理する。

この程度のことはネットのどこかにあると思うのでわかり次第載せるつもり。