






飛行神社から南下する途中にあったのが徳迎山正法寺(とっこうさん・しょうぼうじ)。門前に説明板があったのだが、内部は公開日に限られているようで、境内に少し入っただけだったが、由緒あるお寺らしさはわかった。
当寺の創建は、鎌倉時代の建久2年(1191年)という古さ。鎌倉幕府御家人・高田蔵人忠国が、この地を「直銭230貫文」で買い。本寺を開いた。
後に高田家は志水と改め、文禄3年(1594年)、志水宗清の娘お亀(相応院)が、徳川家康の側室となり、慶長5年に後の尾張藩祖・義直を生み、母となった。その関係で江戸時代を通して尾張藩の厚い庇護を受けてきたという。さもあらん。
お寺が建つ理由はいろいろあるが、「土地を買って」というのが面白い。ワシもこれでアチコチの寺社を見てきているが、その建立のいわれは実に多種多様であることがわかった。
寺社の外観は似たように見えるが、昔は現在のように大建築は企業か役所が建てるもの等と決まっているわけではないことがよくわかった。
本堂・唐門・大方丈(いづれも重要文化財)のほか、小方丈・書院・鐘楼(いづれも京都府指定文化財)など、近世前期の建物を当時の規模そのままに保つ。なるほど。
唐門は三門に立つと正面に見える。鐘楼も入ってすぐにある。庫裏は塀の向こう。それ以上は近寄れないので早々に出た。