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◎飛行神社http://www.qailas.com/yawata/hiko/index.html

県道22号に出てしまったのだが、次は飛行神社だ。というと少し駅方向に戻る。神社は裏道に面してあった。道路からでは神社には見えない。普通の住宅のようだ。広さもその程度だろう。50坪くらいか。

入り口らしいところを入るとすぐにガラスケース入りのジェットエンジンが置いてある。J―79だ。F104やF4に使われたマッハ2を出すベストセラーエンジン。まあ、生産数も多いわけだが。

野外の展示ではひんまがったプロペラとそれに固着している朽ちたエンジンがある。(2枚目の写真)「零戦の機首」とあるが間違いなさそう。昭和58年に大阪湾で引き上げられたとある。

プロペラの曲がり具合から見て墜落時にはエンジンが回っていて、それで海面をたたいたので折れないで、ブレードが3枚とも曲がったものだろう。パイロットは無事だったろうか。シリンダーのヘッド部が失われていてピストンがむきだしになっている。

ここの鳥居は飛行機製作の材料であるジュラルミンだ。神社は二宮忠八が1915年に航空殉難者供養のために建て、1989年に飛行原理発見百周年を記念して、忠八の次男顕次郎によって再建されたものだということだ。それで新しいわけだ。

資料館もあったが、ワシは入らなかった。忠八は人が乗れる飛行機を作りたかったのだが叶わなかった。ワシはダメだったとか残念だったとかいう話は嫌いなのね。二宮忠八と聞いただけでネガティブな思いにとらわれるので、アンマシかかわりたくないのだ。

御祭神は空の神、飛行機の神様とされる饒速日命(にぎはやひのみこと)。大阪府交野市の磐船神社より勧請したものだ。

野外の展示ではもう一つ、プロペラがある。これは別の意味で印象的。このプロペラはなんと左巻きなのだ。(6枚目の写真)

飛行機に興味がない人はそれがどうしたとお思いでしょうが、ワシはこのプロペラの前でちょっとの時間考えてしまった。なんで左巻きなんだと。

飛行機のプロペラって99%右巻き、右回りなのね。プロペラの全盛期である第二次大戦中でも、日本、アメリカ、ドイツでは敵味方とも特殊な極一部を除いて右回りを使ったのだ。で、ただ、イギリスには左回りが多い(全部ではないが)

するとこれはイギリスのエンジンについていたプロペラだったのか。ただ、このプロペラ自体は実用のものにしては小さい、直径が2メートルほどしかない。(ちなみに零戦のは3.05メートル)もとは本物だったかも知れないが、それを小さく成型したものだろうか。

もちろん可能性として、初めからレプリカとして作ったなら、作った人の気まぐれで左巻きにナッチャッタということも考えられる。

ただ、そのブレードをとりつけてあるハブの部分はホンモノだろう。これに説明の掲示がなかったのか忘れたが写真はない。

「特殊な一部の機種」のものなのか、日本で英国機のプロペラを修理したりした経緯はあったのだろうかなあ。ちょっと想像がつかんのだが、あるとすれば当然戦後で、それも短期間のはずだ。

ちなみに日本で知られているYS11のエンジンはロールスロイスで左回りだが4枚プロペラだ。しかし、YSのエンジンは3千馬力ぐらいだろう、ここのはハブを見る限りせいぜい千馬力ぐらいのプロペラだ。

ここになぜ左回りのプロペラがあるのか。こういうところでミステリーがあるとは思わなかった。

PS・・・調べてわかりました。この左回りのプロペラはイギリスの双発旅客機デハビランド・ダブのものだと思われます。このプロペラの寄贈者は全日空だということなので、かつて同社が運航していた機体です。馬力も400馬力だから「小さくした」のではなく、オリジナルだろう。