今年5月に最愛の祖母を老衰で亡くしました。
最後まで母の元で、穏やかな在宅介護で看取り。
とても理想的な亡くなり方だったと思います。
私は職業柄なのか、人の死期がわかるので、亡くなる前は頻回に祖母の元を訪れていました。
心の準備をしつつ、きっとわからないから来なくていいと言われつつも、耳の機能は最期まで生きているという事を知っていたので祖母にも沢山の感謝を伝えつつ、限られた時間を共有しました。
私は祖母に育てられたと言っても過言ではないほど、中学生になるまで祖母には大変お世話になりました。
亡くなった今でも祖母を思い出しては時々泣いています。
会えないって寂しいねっていつも亡くなった祖母に語りかけますが、生前より今の方がずっと近くに祖母を感じられる。
とても不思議な感覚ですね。
祖母が亡くなってしばらくたったある日、母が私と兄に会いたいと突然やって来ました。
3人で久々に会い、何かと思えばこれはおばばから…と封筒を渡して来ました。
その夜LINEで、祖母が生きていたらきっとそうするだろうと思って私達兄弟にそれぞれお金を包んできたのだと。
そのお金は使わずにずっと取っていました。
おばあちゃんなら何に使うか、ずーっと考えて使わずにいたのです。
生前家具の事を言ってたっけ。
ひ孫にあたる子供達に2段ベッドを買いました。
そして、祖母を忘れず思い出せる品を私は欲しかったんです。
考えた末、ストーブを買いました。
祖母が使っていたのはもっともっと安い黒いストーブだったけど、息も凍るほど寒い草津。
電気をつけ、ストーブを焚いていつも暖かく迎えてくれました。
ストーブで花豆を煮て、いつも持たせてくれたっけ。
いつも私達の傍らには黒いストーブがあったのです。
とても高価で買えない品でしたが、このストーブを私がおばあちゃんになるまで大事に使おうと思います。
毎年これを見るたびにおばあちゃんを思い出す事が出来る。
見なくても、忘れる事はないんだけどね。
最近生き方についてよく考えるんです。
毎日を丁寧に生きたいと思います。
人が生きて行く上で必要な事…
それは、思い出なのかも知れません。
時々祖母の家の匂いがするんですよね。
そんな時は祖母が近くに居てくれるのかなと思い安心します。
人は愚かなので、すぐ忘れてしまうのですが、大切な思い出はいつまでも覚えておきたいものです。
