ソチオリンピック・スノーボード竹内智香選手銀メダル獲得する!
インタビューで答えた一言、
今まで出会った人の感動を考えたら“銀メダルには変えられないものがありました!”
感動する言葉が聞く人の心に響くのですね
人は何を持って思考や感情を素晴らしいと感じるかだ、私もよく思いますが感動を自分で判断できない人が増えてきている気がする。
特に若い人は解りやすい感動にすがってしまう傾向にあるのではないだろうか
・人がいいというものにあこがれてしまう
・同じ気分になりたい・・同じものを持ちたい
・人と変わったことはしたくない、余計なことは言わないようにしているなど
人間関係も情が少なくなり、感情が希薄になった気がする、日本人から情をとったら・・何が誇れるのか?「お・も・て・な・し」の心は?
日本人的“五感で感じる”感性はどこに?いったのか物質的な豊かさをもたらした反面、人の心のありがたさや豊かさを深く洞察することを軸にした人間関係が少なくなり、その結果、さびしいニュースに出てくるように、問題のほとんどが「心と体のバランスの歪み」が原因で病的状態を引き起こし毎日のように事件になっている。
学校生活、家庭生活、部活動においても、あらゆるところで学びの「善し悪し」を判断している“直観力が衰えてきていると思う”
親は思い違いで野球部に口を出すな!子供を自立させろ!と言いたい。学生時代の3年間は稽古中だ!と監督も胸を張って言ってもらいたい。
習い事や稽古の中には直観力を磨き感性を育てる環境があるのにどうして?トレーニングの中にはないのだろうか(少ないのだろうか)
“感動のエッセンスは積み上げていくもの中にあるのです、
もっと仲間を信頼して人を信用して、人との出会いを大切にすることだと思ってます
感性は人と人との間で磨かれる「才能」として捉えてもいい
私たちは「自らの感性」でスポーツをしなくてはいけない、
中でも特に野球は感性を軸とする直感的な動きを要求されることが多い、プレーの一つ一つに感覚というフイルターを通じて関係性や、意味をイメージしてプレーをするのです。