広島で平和を考える合宿に参加しています。
「核兵器を持つべきか、持たないべきか」について考えるワークショップが本当に面白かった。
日本人とか、特に広島の子は「核兵器=悪」っていうアレルギー反応みたいなものがあって、私のグループは核兵器を持つべき、っていう主張を裏付けるのに最初苦戦してた。
だけど、意外と出てくるんですねこれが。
さらに、核兵器所持に反対できない理由として、「じゃあそもそも、どうやって核兵器をなくすのか。」についての話があった。
核兵器をなくすのってすごいお金がかかるし、みんなが核兵器処分しました!っていうのにどれだけ信憑性があるのかという話もあります。
だとしたら、核兵器を持つべき持たないべきっていう議論は意味ないよね。だって、今もうすでにあるんだもん。そして、現状で核兵器があること自体で起こる弊害ってあまり聞かない。
それよりは、核兵器とどう付き合っていくか、つまり
・核兵器をいかに使わせないか
・核兵器をいかに増やさないか
に関する話がもっとあるべきだなって。
ここに関して、唯一の被爆国である日本が果たせる役割って大きいのでは、と思った。
2つ目。映画『黒い雨に打たれて』を観た。
ああもう。
月並みだけど、原爆ってなんて恐ろしいんだろう。
違う、私が持ったのはこんなシンプルな感情じゃない。
広島人の友達が言ってた。
広島では、8.6の概要や、原爆が起きた直後の様子はよく話に聞くって。
だけど、原爆後遺症や被爆2世などとして、いつまでも消えない被害ってあるんだなあ、って。
ここに関しては、私の表現力が及ばないので、とにかく映画を観てください。
ただ、被爆2世だから、子供を産むことを躊躇して精神を病んでしまう人とか。アメリカ人に半身ケロイドを隠しつつ体を売って、日本人女性が受けた被害を知らしめようとする女性とか。
原爆が残した傷跡って、絶対に絶対に、落とした人が思っていたより大きくて。私がその痛みを第三者として語れるものでもない。
だけど、映画の中でアメリカが完全に敵として描かれていた。
もちろん、ヒロシマ人にとって敵なのはあたりまえで、否定しない。
でも、第三者としてはそう捉えるべきじゃないと思う。
少なくとも、なぜどういう思考があって広島に原爆をおとしたのか。
どうして長崎にも落としたのか。
学びたい。
そして、今日思ったこと。
私は、「日本人して平和を訴えていきたい」と言ってた。
この使命感や夢を持っていることは、肯定してもいいんじゃないかと思う。
そして、日本人の使命感としてそのように感じている人を、一人でも増やしていきたいと感じた。
