3年になってからある学生団体に入ったのですが、今日から北京大学で行われる大会に参加してきます☺️

 

 

この団体は日中韓台の5大学が集まって、議論をするというものです。(詳しくは割愛)

私の所属する歴史分科会の今年度のテーマは、「東アジアを再考する:歴史と政治のもつれ合い」です。

 

 

現代の東アジアには、日韓関係、領土問題、北朝鮮情勢などいろいろな問題があります。
古代からずっと積み上げられてきた歴史があって初めて、何が起きているか理解できるでしょう。

たとえば、ここまで知識をインプットするなかで、以下のような気づきがありました。ちょっと仰々しく書いてみますね。

 

 

私は今まで

「唯一の被爆国日本に生きる若者として、世界に平和を訴えていきたい」

と言ってきました。
これはちょっと迫力がある志のように聞こえるかもしれません。

 


でも、たとえば日本に植民地化された記憶を持つ韓国の人からしたらどうでしょうか。

「日本は韓国に植民地化といい慰安婦といい散々な仕打ちをしてきたくせに、それで大国に負けて原爆を落とされたからって被害者ぶって、平和目指すとか言って、何様のつもりなんだ。反省するならまずはせめて韓国にしたことを認めて謝罪くらいしろよ、」

と言われたらなんと言えるでしょう。

 


それでも安倍首相に代表される未来志向的な日本外交のありかたを完全に支持し、私が当初持っていた志のようなものを完全に肯定してくれますか。

 

 

今の私にはできません。

私自身、上のような韓国側の考え方を知ってから、正直「平和」を訴えることは私のエゴにすぎない、ということを改めて痛感させられました。たった一国のなかの一意見を知っただけでもこんなにインパクトがあるなんて。

でも、やっぱり日本から「平和」を掲げることには、意味があると思いたい、自分がいるのです。

 

わたし含めいわゆる意識高い系は「視野を広げたい」とよく言いますが、視野を広げるとは、自分を相対化すること、さらに自分自身や自分選択に対して納得を高めること、だと思っています。

 

 

今回まさにこの二つをすることで、東アジアに生きる若者として、日本人として、私として、どこに向かってなにを成していきたいのか、改めて考える機会としたいです。