すごい悟りを開いたみたいな語り方はいやなんだけど、生きるって本来ほんとうに自由なんだなあと思った。
というのも、移住者や新しく活動している人は、自分の意思で気仙沼を選んで、住んでる。
ある人は、食べるものを人の根幹と考えて、自分でそれらと密接に関わりたいと思って、気仙沼でスローライフとともに家畜や農業に携わってる。
ある子は、仙台の高校をやめて、気仙沼のまちづくりのラボでインターンして、その後は自分の気の向くままに放浪しようとしてる。
ある人は、世界一周の旅に出る前に、日本を存分に知るために気仙沼の本質を知ろうとしている。
ある学生は、大好きになった気仙沼と都会の人とをつなげるために、4月から大学を一年休学してゲストハウスでインターンする。
ちょっと話変わって、経営者の片腕として働かせていただいて、少しだけ見えたことがあった。
経営とは、自らの責任のもとに、事業をデザインすることなんじゃないかと思った。
事業の目的も、使うリソースも、巻き込む人も、魅せ方も自由。
経営者の方は、経営はとっても難しいけど、めちゃめちゃ面白い、って言ってた。
多分生き方も、自分の人生を経営することと同じ。
知らず知らずのうちに、決まったレールや狭められた選択肢の中から生き方を選ぼうとしてしまっていたのがちょっと怖いな。今考えている自分の将来に、自らの意思があるって本当に言えるのかな。
だけど一つだけ、私はきっと有名になりたいとか、いかにも面白いことをたくさんしたいと思っているわけじゃないんだって、いろんな人を見ていて思った。
自分の立場をわきまえていて、わたしらしくて、その中で他者に何かを与えられる人になりたい。
どこにいっても、どんな肩書きがあっても、何をしてても、結局人との交わりが重要で、そこで問われるのは人間性、人としての魅力みたいなものなんだなあと思ったからこその、この言葉です。
