気仙沼にきて2日目の記録。
<震災と復興について>
・通勤路をgoogle mapで調べてたら、「JR気仙沼線」っていうのが出てきたのね。受け入れ先の人には「バスできてね~」って言われたから、おかしいなあと思って「電車じゃないんですか?」って聞いたの。
そしたら、「ああ、その電車は震災で流されちゃったよ。今はJRがかわりにバスを運行してるの。」って。
ここには本当に震災があって、津波もここまで来ていたんだな、と思った。
で、実際にバスを見たら、なんと線路の代わりにバス専用道路ができてて、超近代的なバス停と駅のあいのこみたいなのがたってる。もともと気仙沼線は需要がそんなにないらしくて、バスの方がまだ採算がとれるんだって。
だけど電車運転手がいきなりバス運転手にならないといけないわけだし、どうやったんだろう。
・震災復興住宅がめっちゃたってる。もともと商店街で流されちゃったところは、近代的な設備の中に商店街が復興してる。だけど8年たっても、まだ工事中のところもたくさんある。でも本当に流されてたところがこれだけ復興に向かっていて、一体誰が指揮をとって、どこからお金が出されているんだろう、ってめちゃ不思議になった。行政ってすごいな。
<気仙沼について>
・地元の人、お店に行くと知り合いが一人はいるらしくて、今日お昼に連れて行ってもらったスープカレー屋さんでも、受け入れ先の人は「どうも!元気ですか!」みたいな会話をしてた。みんな顔を知っている社会って、もちろん大変なこともあるだろうけど、暖かいなあと思った。
・気仙沼市とインドネシアは漁業関連で関係が深いらしくて、気仙沼にはインドネシア人の労働者(研修生)がいっぱいいるみたい。シェアハウスの一人のお兄さん、もともと工場で彼らと一緒に働いていて、労働者関連で何かしたいと思ってたんだって。去年はそれで起業します!って言ってたらしいんだけど、もともと料理が好きなこともあって、インドネシア料理店をオープンすることにしたらしい。
(そのおかげでシェアハウスは毎晩インドネシア料理の試作会で、夕食に困ることはありません。しかも美味しい)
市場ベースの開店ではなくて、「若者と外国人労働者を繋げる」っていう地域のニーズ/コンセプトベースのお店。めっちゃ素敵だと思う。
だけど入ってるコンサルの人が地方のこういうビジネスについてコンサルするノウハウがないらしくって、「もう好きなようにやったらいいんじゃないですか」て言われたんだって。
<仕事について>
・私のやる仕事って、「ソーラーシェアリングを土地に取り入れる!ための企画書を作る」に尽きるんだけど、ゴール状態が明確になっていても、まず何に動き出せばいいのか、どんなロードマップを描けばいいのか、めちゃくちゃ頭を使いました。新規事業立ち上げって、こんなに難しいのね。
多分私は、具体的にするところ、案を実行に移す力が弱いんだろうなあと思う今日この頃。
・月並みだけど、仕事をするって大変だなあと思った。集中力続かないのはもちろん、社会人って、働いてお家帰って寝てまた会社行って、の繰り返しなんだなあと実感して、仕事もしくはそれ以外の時間が魅力的でないと精神的に死にそうだなあと思った。自分の将来、仕事を一番のアイデンティティにしてしまうのは、やだなあ。
<自分について>
・東大生が社会に出たら大変、っていうのを実感した。
これは、みんなが東大生である私に冷たいとかそういう話ではなくって、自分の心の問題。
こういう地方に来てから、確かに、「東大生であること」を変に意識してしまっている自分がいて、それに見合った成果を出さなければいけない、っていう思いが自分の中にあるような気がする。
しかも地方において私が「東大生である」ことに勝るほどの自分らしさって、まだまだ見つかってない。
多分それを見つけるのも、今回のミッションになるのかなあと思った。
おまけ:シェアハウスのようす
<いいところ>
・インドネシア料理、食べ放題、美味しい!
・ごはんもお茶も共有のお菓子も食べ放題
・天井高い平屋住み!たたみのお部屋!
・田舎なのにWifi早い
・マッサージチェアあり
・こたつあり
・観光関係のお仕事をしているアメリカ出身インド人、英語の先生、インドネシア料理のお兄さん、看護学生の女の子ふたり、シェアハウスを経営しているかわいいお姉さん、そしてたわ。家族みたいな感じなんだって!
・他にもいろんな来客があります!
<わるいところ>
・お風呂とトイレと洗濯機が一個ずつしかない
・最寄りのスーパーが徒歩30分
(そのため今日車で連れて行ってもらって、爆買い。)
・最寄りのバス停まで1km
