今日のゼミでは、夜回り先生で知られる水谷修先生の講演を受けました。

 

 

普段は、講演を聞くのって相当興味ある分野に関してしか正直全く興味持てないのね。

でも、話すの上手だったこともあって、メモを取るのも忘れそうになるくらいこんなにも話に惹きこまれた講演って初めて。

 

 

話聞いた後、がーんって感じでほわほわしてた。

 

以下に言語化したものを貼ります。

 

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〜前置き〜

 

"何かを見るということは、同時に何かを見失うということ"

 

東大生は、物をじっくり見ると思う。ただ漠然と物を見ることも必要。

 

人を好きになる時、目が好きとか髪が好きとかならないでしょ?

好きだから好きってなるでしょ?

それと同じ。

 

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水谷先生は、治安の悪い学校に赴任してた教師の友人が「腐った子供達に教育を施すために教師になったわけじゃない」と嘆いてるのを見て、夜間高校の先生になった。

子供を腐ったもの扱いするお前は教師をやる資格なんてない。お前は教師やめろ。俺がやる。

 

生まれたばかりの純粋無垢な赤ちゃんは、希望を生きるために生まれてきたはず。

それを変えたのは、他でもない大人。

生まれ出る環境と親は選ぶことができない。

 

先生が関わってきた若者は44万人、受けた相談メールは9万件以上。

もちろん全員を救えたわけじゃない。殺人に関わってしまったり、心の病で死んでしまったりした子もいる。

 

 

先生は、人として、人と関わる上で超えてはいけないラインを超えてしまったと自分を責めている。

 

「人の人生に足を踏み入れること」

 

でも、見過ごすことはできなかった、って。

 

 

「君たちは、親に褒められた数と叱られた数、どっちが多い?」教室にいた東大生は、ほとんど褒められた方が多いって手をあげた。これは異常。

現代の日本の社会では、追い込まれた人が人を追い込み、その連鎖でまた他の人を追い込み、社会的に弱い立場にある子供達が問題を抱えるという負のスパイラルに入っている。暴力非行犯罪薬物乱用。

自己肯定感と自信を失ってる子供が多い社会。

 

人の死には二種類。

体の死と心の死。

体には免疫や耐性があるけど、心は相当鍛えてないと潰されるのなんて簡単。

心身一如。健全な肉体にしか心は宿らない。

守るものがあると、人は弱い。

捨てる勇気があると、人は強くなる。

 

 

”夜の世界には、幸せなんてちっともない。傷つき合った人が集まって、お互いに足を引っ張り合うだけ。幸せがあるのは、昼の世界だけ。

綺麗な服や化粧は、美しさを作らない。美しい人は、美しい心からしか生まれない。”

これは親に捨てられて、中学生で一人で夜の世界に飛び込んで、わずか高校生でHIVを発症してしまった女の子の言葉。

 

世の中には、夜の世界の若者やリストカットで苦しむ若者を蔑む人も多い。

だけど、彼らが悪いわけじゃない。

君が暖かい家族と部屋と環境で過ごしてきた人なら、東大生ならとりわけ、どうか彼らを蔑むのではなくて、むしろ彼らを夜の世界から救い出すために働いて欲しい。

 

宗教が残ってきたのは、宗教による弊害よりも、宗教により救われた人の方が多いから。

人間は、弱い。

信じる信じないは別にして、宗教にすがる方法もある。

カルトではない限り、宗教は悪ではない。

ドラッグと違って。

 

 

最後に、

 

美しくなる方法。

美しいものをたくさん見ること。

優しい言葉をたくさん使うこと。

 

 

愛とは生きるものであって語るものじゃない。

 

言葉じゃなくて、行動で示すべき。

 

 

https:/ja.wikipedia.org/wiki/水谷修

 

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今の私には、これを共有するだけが精いっぱい。

 

だけど二つ思ったこと

 

"何かを見ることは、同時に何かを見失うこと"

そうであったとしても、私が見てる世界はあまりにも狭過ぎる。

 

私が気づかないうちに、悪気がなくても、人を傷つけたり不快にする発言をしたりする瞬間があるのかもしれない。

 

私が生きてる世界だけが全然全てじゃないって、忘れないようにすること。

 

 

 

あとは、自分の人生に自分で責任を持って、他人の人生に関しても同じスタンスでいること。あの人がああ言ったから、じゃなくて、私がこうすべきだと思ったから、で動くのをおろそかにしちゃだめ。

 

どんなに親しくても、あの人にああなってほしいから、っていうエゴじゃなくて、本当にその人のためになるのは、その人自身の選択なはず。

 

 

そのかわり、選択をするために寄り添うことは全力でする。