信念ってなんだろう、っていう話をしていました。

 

そしたら、年末にサークルのリーダーになるための課題で、私の信念を言語化してたのを見つけた。

哲学者か?って感じ。宗教か?ってレベル。

 

だけど、なんで私が世界平和とか言ってるのか、ちょっとわかってもらえるかもしれないから、貼っておきます。

 

出だしがまるで現代文にでできそうな文章の書き方になってるのは、ご愛嬌〜

 

ちょっとかっこつけてみてただけです。

 

 

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まず、信念とは

それが正しいと固く信じ込んでいる心

とあります。

 

「あなたの信念とは何か」という問いを、私の中では、

 

あなたが生涯かけて、責任を持ち、主体的に取り組んでいきたいと思うような目標、あなたが考えている時に一番ワクワクできること、

他でもないあなたがすることに関して、正当性を疑わないことがら

 

とは何か

を答えさせる質問であると解釈しました。

 

 

人生に意味があるかないか、そんなことは分かりません。

ただ、私が私であることには、必然性があると思いたいです。

だから、私が持って生まれたもの、今私がいる環境を、最大限に生かしたいです。

私という存在を受け止め、私が私であるべき理由を考え、そこからどう行動していくか。それが人生に意味づけをしていくということであり、最高に有意義な生き方だと思っています。

 

この上で私の信念を説明します。

 

 

私は、

古いものや新しいもの、人と違うものが好き→ものすごくアメリカナイズされた

→海外志向が強くなった→国際交流や海外での活動に飛び出していくようになった

 

という変化を経て、

「自分が日本人に生まれたのはなぜか」

を、時に苦悩とともに考えるようになりました。 

 

 

そんな気持ちと葛藤していた高2の夏に、

沖縄の戦争にまつわる博物館に子供を引率するボランティアに参加しました。

 

どうしてここで人が死んだの?殺されちゃったの?

 

と聞かれて、

この質問に対する私の答え方次第で、何も知らない子供たちが戦争に抱くイメージが

良くも悪くも決まってしまうのかもしれない…と思いました。

彼らの考え方が、次の世代、将来の世界を決めるかもしれない…と思ったら、

なんて責任があって、でも希望をはらんでいる局面なんだ…と思いました。

 

同時に、小学校1年生の頃、初めて原爆に関する授業を受けた時、

悲しみ・衝撃・怒り・疑問・儚さ…

その全てが入り混じったような感情になって、どうしたらいいかわからなくなって、

家に帰ってもその感情が頭から離れなくて、寝付くことすらできなかったこと。

戦争がない時代に生まれてきて本当に良かった、と思って泣いたこと…

それらが、その時の気持ちとともによみがえってきました。

 

 

これらの経験から、今の私の信念は、

 

「唯一の被爆国であり、平和主義を掲げている日本に生まれた日本人として、

戦争や紛争をなくし、平和の大切さを世界に訴えていきたい。」

 

「どんな理屈やエゴを重ねたとしても、人の命が失われる争いは、正義ではない。」

 

 

そのための取り組みに、生涯かけて、責任を持って、主体的に取り組んでいきたい。

 

 

 

そう考えると、この上なくワクワクします。

 

なぜなら、それが今の私が私である理由、私が今まで行動してきた理由、これから行動していく理由である、と心から納得しているからです。

 

信念は、行動とともに変わるものです。恐れるべきなのは、行動によって信念が変わることではなく、むしろ行動できないことの方です。

 

 

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これ、なんか人生を達観してるみたいですね。

たかが18歳なのに。

偉そうですね。

何様だろう。

 

 

でもここに書いたことに嘘はないです。

割と行動する上でこれらはベースになってる部分がある。

 

 

20年後くらいにみたら恥ずかしくて死にそうになるか、

若かったな〜ってしょっぱい気持ちになるか、どっちだろう。笑

 

 

それが気になるからあえて載せとく。

 

 

 

おしまい。