本日1/15のyoutubeで見た元ゼロ戦パイロット生き残りの証言。昭和18年熊本大学から学徒動員され、海軍航空隊の制空隊に所属しB29を11機撃墜。アメリカのグラマンF6F戦闘機とも空戦。おじけづいたら負けだと。同期で招集された仲間は6人いたが、陸軍の3人は1人が手首をなくす負傷で3人とも戦争を生き伸びたが、海軍の3人は終戦までいたのは自分1人だとのこと。入隊後の訓練はグライダーから初めて通称赤とんぼと呼ばれた複葉機を経てゼロ戦搭乗員となる。当時はまだこのように入念に訓練できたおかげで生き残れたのだと著者は思うのだが、いかに激しい航空消耗戦であったかが分かる。

 沖縄では日本軍は米駆逐艦等10数隻撃沈、米空母は15隻あるが8隻に甲板に穴が開くなど損害与えている。空母や戦艦は爆弾では沈まない(魚雷でないと)。

  8/15の玉音放送は何を言ってるかよく聞こえなかったが負けたようだと分かった。

 その後戦艦ミズーリを攻撃した者がいたがこの攻撃でミズーリに残された機銃弾が7.7mm口径だったのでゼロ戦ではない。ゼロ戦は12.7mmと20mmだからだと証言。

 戦後は炭鉱で働いた。朝鮮人が解放されていばっていたとのこと。2024.1.15投稿1/16赤字追加