2023.1.3のyoutubeで見た特攻隊生き残りの証言。最北の特攻基地が岩手県釜石にあったと。そしてなんと米軍は空襲だけじゃなく艦砲射撃でも都市攻撃をやっていたのを初めて知った。そのために焼け野原にされた釜石の写真が登場した。艦砲射撃の時期は1945.7.15と8/5の2回。ひょっとしたら米軍は特攻基地のあるのを知ったために艦砲射撃したのかもしれない。 

 基地は後藤野陸軍飛行場で、これは勤労奉仕で作らされたとのこと。この隊員は写真をたくさん撮っていて写真では特攻機は双発なので夜間戦闘機の屠龍か月光あるいは司令部偵察機かもしれない。 

 

 そして彼は神鷲(しんしゅう)255部隊に所属し、わずか3機で8/9午後5時50分に出撃、東へ200km飛んだが敵艦はいないので200kmほど南進して探しても見つからず引き返した。ところがもう暗くなっており着陸場所が見つからず不時着、この時他の2機の搭乗員は死亡した。経験のほとんどない少年整備士が整備している上、部品も不足なので出撃の1機は車輪が片方だけ引き込まないまま飛んだし、もう1機も片方のエンジン不調だったのが不時着失敗原因。

 つまり戦争継続が無理な状況にもかかわらず降伏せずに特攻継続するという終戦間際の絶望的実態をよく表している。終戦の玉音放送を聞いてほっとしたとのこと。2023.1.3投稿