youtubeで見たフィリピンにある戦時中の日本軍の戦跡に立つ記念銅像には学校では教えられなかった実態が示され驚いた。投稿者はドントテルミー荒井さん。歴史教育の貧弱さを痛感。 

 日本軍の前にはアメリカが植民地化し、さらにその前にはスペインが植民地化したのだが、アメリカは英語を公用語化しマニラのあるルソン島の西端のバターン半島に基地を置いていた。さらにインフラも建設しており、ゆくゆくは独立させることを約束していたようだが、そこに日本軍が攻め込んできたわけ。

 目的は石油などの資源採掘とそれらの東南アジアからの輸送途中の中継としてマニラを重視した物で、開戦と同時に侵略した。

 つまりフィリピンにとってはとんでもない邪魔が入ったことになる。戦後はアジア各国が相次いで欧米から独立したので日本がそのきっかけを作ったと思っていたが必ずしもそうではないようだ。

 とにかくフィリピンでの日本軍損害は50万人もいて、第2次大戦中の軍民合わせた犠牲者300万人のなんと20%近く、軍人だけなら1/4を占めることになるという大事な戦跡だ。

 そして「バターンの死の行進」で有名な捕虜虐待をやってしまったのだが、具体的にはバターンで降伏した米軍とフィリピン人ゲリラ計7万人を120km北にある収容所まで移動させるため歩いて70km、残りは貨車に乗せて運んだ。1両に100人も詰め込んだので立ったままで運びそのまま死んだのもいたという。歩かせたときでも食料はわずか1日おにぎり1個だというのだ。

 この時の捕虜の写真は有名なもので以前にも見たことがある。

結局この移動で3万人が死んだ。捕虜虐待はハーグ条約違反である。それでもこの動画投稿者がフィリピン訪問時には現地で嫌な顔されたわけでもなく、今は親日国フィリピンなのだ。昭和天皇らが訪問の度に謝罪されたのも効果があったのだろう。

 しかし戦跡には大きな日本軍銅像がフィリピン人を足蹴にしている様子が残されている。だからせめて現地へ行って初めて日本軍の蛮行を知ることだけは防ごう。2022.12.4投稿