今朝の毎日新聞記事に戦時中マーシャル諸島で餓死した日本兵の戦友に託した日記が掲載され、悲惨な戦況が分かった。島の位置は南太平洋であることは想像できたが、地図ではフィリピン東部の群島の中で最も北東に位置していて現在はマーシャル諸島共和国となっている。
ここでの戦闘ははっきりいうと、飢えとの闘いだ。
日記を書いたのは1906年生まれの当時37歳で招集された陸軍兵士。新聞の取材に応じたのは日記を託された兵士の80才になる娘。託された彼は生き残り1945年秋に復員できたという生命力の強い人だ。日記には「セメテ クサレタ タクアンデヨロシイ」から食べたいという内容。
一方の生還した兵士は栄養失調のため目が腫れて当時14才の娘にも父だと分からなかったほどだとある。
マーシャル諸島は1944年2月に米軍に陥落したが、日記の主は1945年4月に餓死。ということは米軍が支配してからも1年以上も投降せずに飢えを耐え忍んだということになる。死亡は日本降伏のわずか4か月前。
この話のように、戦地で投降するか、日本がもっと早く降伏していれば助かった命は数えきれない。負けが明白になっているにもかかわらず戦争を継続する決断力のなさでは犠牲者を増やすだけなのだ。
さらに日本軍は戦地での食料は現地調達が原則というとんでもない軍隊で、戦争する組織とはとても言えない代物なのだ。もちろん食料供給努力はしたが米軍に船も潜水艦も沈められて孤立無援の中で餓死という悲惨さ。一方の米軍はわざと日本軍を日本から遠い南太平洋に誘い出すために南方へ後退し日本軍の補給線が伸び切ってから寸断して飢えさせれば放っておくだけで勝てるという戦略。つまり戦略的にも完全な負け戦なのだ。だから戦死と報告されていても実態は餓死という情けなさ、悲惨さだった。
助かる方法は投降すればよいのだが、たぶん投降しようとすると上官から射殺されただろう。いっそそのほうが楽だとも考えられ、全く非人間的集団が日本軍。
私の家にいつも呼ぶ僧侶の父親も陸軍では行軍中でも苦しさに耐えられずに隊列から離れて手榴弾で自爆した兵士を目撃したと話してくれた。実態を伝えておきたかったのだろう。2021.10.4投稿同日赤字訂正10/5下線部追加10/6赤字訂正