2019.10.4付け週刊金曜日に朝鮮人徴用工の記録が証拠として掲載されましたのでご紹介します。上は終戦の年の神奈川新聞で鉱山内の監獄で火あぶりにする刑罰を与えたとあり、ひど過ぎます。私の想像をはるかに超えていました。2段目の△の左には衣服の間に物を隠すので服は1枚しか着用させなかったとある。さらに坑内には警察の留置場そのままの部屋があり、何かあると拷問したとある。例えば食事で不平を言うとこの監獄に2週間、さらに警察に3週間、むち打ちから火あぶり殺しで有名な残虐な方法までやったと書かれているようです。最後の段の△の右には徴用後最初の3か月はほとんど睡眠をとらせなかったとある。坑内の危険な作業を日本人に代わってやらされたのに、日当は50銭も少ないという差別があったと。衣服は故郷を出るときのままで、1着も支給なし。

2枚目は当時の書き方で右横書き文章には「銃はとらねどお国のために」と題して、朝鮮から内地へ集団渡航してきた労務者は土木作業に日夜奮闘していると書いてあり、トンネル工事と思われる場面が写っています。

 

ここまでひどいことをやってしまったのだから、請求権協定の紙切れ1枚で済むと思う方がおかしいですね。協定文には謝罪は一言もない。誠意をもって対応するしかないでしょう。 それと歴史教育で触れておくことが重要です。後世の日本人子孫がうろたえずに済むように。ドイツの戦後の歴史教育のやり方を学ぶことが必要です。当ブログのナチスに対するドイツの反省

戦争教育を参照ください。  2019.10.7投稿