プーチンが持ち出した日ソ共同宣言と、ついでにサンフランシスコ講和条約の内容を確認してみると、まず1956.10.19署名、同年12/12発効の共同宣言には北方領土に関する部分を何と規定したかを抜粋すると、
1.「日ソ両国は一九四五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。」
ここで、8/9以降の日ソ間の戦争としては8月18日~8月31日 ソ連、カムチャツカ半島方面から千島列島に侵入する(占守島の戦い)。以後、得撫島以北の北千島を占領、8月25日 南樺太を占領
- 8月28日~9月 1日 択捉・国後・色丹島を占領
- 9月 2日 日本、連合国への降伏文書に調印により、南樺太と千島列島の日本軍は赤軍極東戦線最高司令官に降伏することが義務付けられた
- 9月 3日~9月 5日 赤軍が歯舞群島を占領
となるが、その間に日本は8月14日 ポツダム宣言の受諾を決定。在スイス加瀬公使、在スウェーデン岡本公使を通じ、米・英・ソ・中に、ポツダム宣言の無条件受諾を通告、8月15日 日本国民に向けて玉音放送となります。
つまり8/14にソ連に降伏を通告したにもかかわらず、その後もソ連は日本領を侵略のため数千の日本兵を殺したわけです。この国際法違反行為にもかかわらず上記共同宣言での請求権の放棄により、日本が領土返還を要求することはできないことになります。ところが日本は以前の交渉では、この侵攻が日ソ中立条約の残存期間中に行われたと主張していましたが、中立条約をよく読むと5年の期間満了前に一方の国の通告で破棄できるとあり、8/8、ソ連はヤルタ協定に基づき、日本に日ソ中立条約の破棄を通知すると共に国交を断絶、宣戦を布告しています。だから日ソ中立条約違反ではないことになります。降伏文書に署名したのも9/2なので降伏文書の正式発効も9/2となり、その前にソ連が千島を占領してしまっている。
じゃあロシアに弱みはないかというと、最大のソ連側弱点はサンフランシスコ講和条約にソ連が署名してないことです。そのためにこの条約上の連合国にソ連が該当しないのです。1951.9.8締結、1952.4.28発効の講和条約を引用すると、
第二章 領域の 第二条(c)項に、 「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」とありますが、
第七章 最終条項 第二十五条には、
「この条約の適用上、連合国とは、日本国と戦争していた国又は以前に第二十三条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第二十一条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。」
すなわち、日本が放棄した千島列島や南樺太をロシアが領有する権利は認められないといえる。
ここで日本政府は択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島を北海道の属島とし、千島列島に属さないとしているが、講和条約で言う千島列島とはどの範囲かがあいまいなので、英文版で確認するとKuril Islandsとあるのみで不明確だが、英文でKuril islandsを検索すると歯舞、色丹を含む地図が掲載されているから、ロシアが占領している部分が該当することになります。