本日11/22のケーブルテレビ movie plusで「アイヒマンを追え」というドイツ映画を見ましたのでご紹介します。戦争の反省に向き合ったドイツと、いやな戦争など忘れてしまいたいという日本との違いが鮮明に現れている映画です。

 アイヒマンはナチス政権下のドイツの親衛隊将校。ゲシュタポのユダヤ人移送局長官で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送にかかわる戦犯として処刑されるのを恐れて偽名を名乗って逃走しましたが、それをドイツ当局とイスラエル当局の両方が追跡し、ドイツとイスラエルが互いに自国で裁こうと争う様子の映画で結局ドイツがとらえるのです。

 この時ドイツ人担当者が「過去に向き合わないとだめだ」と明言してます。ここに日本との決定的相違があり、負けた国だから勝った国のなすがままに任せるという日本と違い、戦争の責任処理にきちんと向き合い、あくまで自ら戦犯を裁こうというドイツとの姿勢の違いが鮮明です。

 

 受け身の国民性が日本なのです。そのくせ、あとから東京裁判は勝者が一方的に裁いた不公平なものだと難癖をつける人がいるのは卑怯というものでしょう。 

 しかし同じ日本人を戦犯として自ら処刑できないのが日本人体質のようですから、代わりにアメリカがやってくれたと考えるべきでしょう。この自主性のなさが今でも政治について政府に逆らわないおとなしい国民性として残っています。

映画のようにきちんと戦後処理に向き合った結果のドイツの戦争教育の日本との違いは当ブログ「戦争教育」「南京虐殺を参考下さい。     18.11.22投稿