本日18.8.15の新聞記事に陸軍航空廠で特攻機の整備士をしていた軍属の人の回顧録が掲載されていましたのでご紹介です。敗戦が決定的になっても負けを認めない、降伏しようとしない日本軍のキチガイぶりに腹が立ちました。そのために終戦が遅れ、原爆を2個も落とされて犠牲者をいたずらに増やした日本人の体質上の問題点の証拠が記載されています。
この人の上官の命令は「離陸さえできればよい」「帰りの燃料不要」で出撃させるというもの。つまり出撃すれば、あとは敵艦まで到達する前に故障で墜落しようと、どうなってもよい、死ぬことが目的であり、勝ち負けではないという破れかぶれの戦争だった証拠が書かれていますです。そこには勝つための戦略はなく、勝つ見込がないなら降伏すればよいのにとでも言おうものなら非国民扱いで、実際に1億玉砕と叫ばれていたと私も聞いています。
以上のように負け、あるいはやり方の間違いが明白になってもそれを認めないという体質は現在でもそのまま残っています。地震大国に原発は危険で無理だということが分かったのに、原発をやめられないで、再稼働を続けようとするキチガイぶりに受け継がれています。
天皇の玉音放送で敗戦の受け入れが決まった時にこの人は親しかった将校から集団自決に誘われ、その場の雰囲気で断れなかったが、自決場所の神社には行かなかったので、家族を悲しませずに済んだのです。しかし約束を裏切ったという気持ちが重荷になって戦争の話はあまりしなかったということですが、今回の取材に応じることで今まで生かされてきたその使命を果たし、心の重荷も取れたと察します。
この8/15の新聞の別の記事には8/15から16にかけて軍の書類は証拠隠滅のため大量に焼却され、黒い煙が2日間絶えなかったとあります。つまり戦犯としての追及を恐れたのでしょうが、戦犯にされるのを予想できたということは逆に悪いこと、人道にもとることをやったという認識があったという逆の証拠になります。こういう証拠隠滅の体質も現在の自民党政権にしっかり受け継がれています。それどころか今は公文書を偽造してまで証拠隠滅を図ったのはご存じのとおりです。
こうして見ると終戦記念日にいくら2度と過ちを繰り返さないと安倍晋三が誓っても口先だけのことです。具体的に戦争の歴史を検証してどこで道を間違えたかを教育しないと戦争体験者が死滅すると詳細不明で証拠が自然消滅するのです。それを待っているのでしょうが、日本を良くしようという気があるなら歴史の事実を認めることから始めないといけません。これを自虐史観という人もいますが、この点ドイツは同じ同盟国として先の大戦を始めましたが、学校教育だけでなく社会全体で同じ過ちをしないための戦争教育をしています。ドイツ人は欧州では一番しっかりしているとの生前の父の話の通りだと思います。ドイツ戦争教育の詳細は当ブログ「ナチスに対するドイツの反省」「歴史教育」参照。
かくいう私自身は、満州建国が道の間違いの始まりのようだと思います。その後の国際連盟脱退で決定的に世界を敵に回すことになりました。私の父は陸軍に召集されたこともあってか、戦争責任を認める発言がなく、逆にABCD包囲網で日本を真綿で締め上げるようにしてきたからという言い訳ばかりでしたが、その言い訳の原因は敵と砲火を交えるような実戦あるいは空襲で家庭を破壊されることもなく生き残ったことも影響しているようです。自分が痛い目に合わないと真実を見落とすのです。戦争体験のないものがいくら自虐史観だと偉そうに言っても体験者の意見は違います。 18.8.15投稿