2012年も前半が終了して
ついに後半スタートしましたね。
前半最後の月、六月はいろんなことがあったけど
「最高最善、必要にして必然に楽しかった」月でした。
要するに、何をどう思い出しても
「あぁ楽しかったなぁ」とだけ、思える。
「ん?何かいやなことあったっけ?」……てなぐあい。
幸せだなぁ、と思います。
ありがたい、ありがたい。
不安に感じたこともあったんだけど
もうもやもやになって
「確かにあったような気がするけどもうどうでもいい」
スルー、スルー。
昔はこんな感覚がくると
「嫌なことから逃げてない?」とか
「見たくない自分を避けてない?」とか
重箱の隅をつつくように、そこをつきつめて考えてたような気がします。
今?
今はそんな無駄なこと、しない。
どうしても見ないといけないな~なものがあったら
ちゃんとそれはタイミングよく、目の前に現れるし。
そのときに対処すればいいし。
そもそも「見ないといけない」なんてものはなくて
「出てくるものが出てきただけだから、怖がらなくてもいいんだよ~」って
わかってるから。
今日は実家の家業のお手伝いをしてきました。
精出してお仕事してきて楽しかったのですが
帰宅ししたら長女が、チョー不機嫌。
せっかくの県大会、応援しにきてほしかったようで。
なのに結果は最下位で、後輩にも負けたって
悔しそうに大粒の涙をぽろりん。
そこへ新しくゲームソフトを買ってもらった三女が
自宅のハードにそのソフトが使えないと判明して
もうギャン泣き。
あらららら~~笑
夫は早々にふすま閉めて寝ちゃったし
次女も気配を読んで別の部屋にこもって寝たし。
息子は泣いてるお姉ちゃんたちが気になって
しきりに声をかけるんだけど
二人とも気が立ってるから「あっち行け!」って
言われてるし←かわいそう
あぁでもなんだろな。
高校生でもそんなふうに思ってるんだ~と長女は妙にかわいく思えるし。
三女も泣くに泣いたけど、落ち着いたらけろりとしてね。
泣くほどのことじゃないよ
でも悔しかったよね
気持ち、わかるよ~
って、こちらがカリカリイライラしなかったら
なんとなくおさまって
がんばって夕飯を作ってみんなで食べたころは
なんとなく、家族全員穏やかに健やか。笑
こんな日常の一コマが
とても愛しいのでありますよ。
夫も家事をすごく手伝ってくれたし
次女は相変わらずチョーマイペースで
みんなが家事をしてるのに一人でピアノを
もくもくと弾いてたりして
そこがまた次女らしく、思わず笑ったりしてね。
なんか、いい感じじゃないか。
うちは。笑
泣いたり笑ったり、補い合ったり貫いたりね。
みんな、みんな、そのまんまでいいよ。
ありのまんまでいいよ。
全然変わんなくっていいよ。
あなたはあなたのままで、そのままでいいんだから。
人って変化したい、と思ってるときほど変わらなくって
変化したいって思わなくなったときに
変化してるんだってね。
変化したいってのは、どっか今の自分に不満があるから
変わりたいんだって。
でも、それって不満な自分に焦点がいってるんだよね。
だから、変わらなくってもいいよ、って自分に思えたら
そうしたらすすーーーっと変化しはじめるんだとさ。
それなら私はもう変化しなくてもいいやって思う。
今までよくがんばってきたもん。
仕事もよくやった。
おかん業もよくやった。
家族には恵まれたし、友人にも恵まれた。
食べ物はあるし、寝るところはあるし。
空気がまともに吸えるしね。吐けるしね。
こうして動けるしね。
楽しい記憶はたくさんある。
悲しいこともあったけど、もうどうでもいいし
許せない人なんていないし
愛しい人たちばかりだし。
自分の墓はいらないよ。
自分の記録や記憶は、一切なくなってもいい。
愛してたって風のように、たゆたってれば
それでいい。
これ以上、望むものってあるかい。笑
普通の生活を当たり前に、普通に営めることが
どんなに奇跡なことかと
もうたま~に、本当にありがたくって涙出てくるんだよね。
本当に、いい時代になったよねぇ。
たぶん、六月がそんな感じだったから
きっと七月以降もそんな感じなんだろうな。
いろいろありながらも「あぁやっぱり今日も楽しかったなあ」と
思って寝床につくんだろうな。
どんどん、どんどん、「普通」になっていって
私は本当に幸せものです。

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ついに後半スタートしましたね。
前半最後の月、六月はいろんなことがあったけど
「最高最善、必要にして必然に楽しかった」月でした。
要するに、何をどう思い出しても
「あぁ楽しかったなぁ」とだけ、思える。
「ん?何かいやなことあったっけ?」……てなぐあい。
幸せだなぁ、と思います。
ありがたい、ありがたい。
不安に感じたこともあったんだけど
もうもやもやになって
「確かにあったような気がするけどもうどうでもいい」
スルー、スルー。
昔はこんな感覚がくると
「嫌なことから逃げてない?」とか
「見たくない自分を避けてない?」とか
重箱の隅をつつくように、そこをつきつめて考えてたような気がします。
今?
今はそんな無駄なこと、しない。
どうしても見ないといけないな~なものがあったら
ちゃんとそれはタイミングよく、目の前に現れるし。
そのときに対処すればいいし。
そもそも「見ないといけない」なんてものはなくて
「出てくるものが出てきただけだから、怖がらなくてもいいんだよ~」って
わかってるから。
今日は実家の家業のお手伝いをしてきました。
精出してお仕事してきて楽しかったのですが
帰宅ししたら長女が、チョー不機嫌。
せっかくの県大会、応援しにきてほしかったようで。
なのに結果は最下位で、後輩にも負けたって
悔しそうに大粒の涙をぽろりん。
そこへ新しくゲームソフトを買ってもらった三女が
自宅のハードにそのソフトが使えないと判明して
もうギャン泣き。
あらららら~~笑
夫は早々にふすま閉めて寝ちゃったし
次女も気配を読んで別の部屋にこもって寝たし。
息子は泣いてるお姉ちゃんたちが気になって
しきりに声をかけるんだけど
二人とも気が立ってるから「あっち行け!」って
言われてるし←かわいそう
あぁでもなんだろな。
高校生でもそんなふうに思ってるんだ~と長女は妙にかわいく思えるし。
三女も泣くに泣いたけど、落ち着いたらけろりとしてね。
泣くほどのことじゃないよ
でも悔しかったよね
気持ち、わかるよ~
って、こちらがカリカリイライラしなかったら
なんとなくおさまって
がんばって夕飯を作ってみんなで食べたころは
なんとなく、家族全員穏やかに健やか。笑
こんな日常の一コマが
とても愛しいのでありますよ。
夫も家事をすごく手伝ってくれたし
次女は相変わらずチョーマイペースで
みんなが家事をしてるのに一人でピアノを
もくもくと弾いてたりして
そこがまた次女らしく、思わず笑ったりしてね。
なんか、いい感じじゃないか。
うちは。笑
泣いたり笑ったり、補い合ったり貫いたりね。
みんな、みんな、そのまんまでいいよ。
ありのまんまでいいよ。
全然変わんなくっていいよ。
あなたはあなたのままで、そのままでいいんだから。
人って変化したい、と思ってるときほど変わらなくって
変化したいって思わなくなったときに
変化してるんだってね。
変化したいってのは、どっか今の自分に不満があるから
変わりたいんだって。
でも、それって不満な自分に焦点がいってるんだよね。
だから、変わらなくってもいいよ、って自分に思えたら
そうしたらすすーーーっと変化しはじめるんだとさ。
それなら私はもう変化しなくてもいいやって思う。
今までよくがんばってきたもん。
仕事もよくやった。
おかん業もよくやった。
家族には恵まれたし、友人にも恵まれた。
食べ物はあるし、寝るところはあるし。
空気がまともに吸えるしね。吐けるしね。
こうして動けるしね。
楽しい記憶はたくさんある。
悲しいこともあったけど、もうどうでもいいし
許せない人なんていないし
愛しい人たちばかりだし。
自分の墓はいらないよ。
自分の記録や記憶は、一切なくなってもいい。
愛してたって風のように、たゆたってれば
それでいい。
これ以上、望むものってあるかい。笑
普通の生活を当たり前に、普通に営めることが
どんなに奇跡なことかと
もうたま~に、本当にありがたくって涙出てくるんだよね。
本当に、いい時代になったよねぇ。
たぶん、六月がそんな感じだったから
きっと七月以降もそんな感じなんだろうな。
いろいろありながらも「あぁやっぱり今日も楽しかったなあ」と
思って寝床につくんだろうな。
どんどん、どんどん、「普通」になっていって
私は本当に幸せものです。
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