今日は朝から、久しぶりの雨でした。

雨が降るとワンコの散歩に行けないし
何より洗濯物が乾かないので
六人も家族いるとそれなりの量の我が家。

晴 れ て く れ ☆



というのが、切実なところです。笑


洗濯物を考えなくてもいいのなら
雨はけっこう好きなんだけどなー。





両親の話でもしてみます。

私はかなりはっきりモノを言うところがあるので
両親に対しても、かなりあけすけに
「そこまで言うの?」というくらい
言うことがあります。

父は両親に虐げられて(笑)育てられてきたので
「愛される」という感覚が薄い人でした。

が、実際のところ
母からは「よくそこまで」と思うほどに
尽くされ愛されていますから
しょっちゅう「こんなに妻に、子供たちに愛されて
どうして自分は愛されてないなんて思い込んでるの?」と
言っていました。

過去は生ゴミと一緒に捨てようよ!

捨てきれないのが、父らしいところでありますが。笑

「俺はダメなやつだ」とか「俺は何も出来ない」というのが
父の口癖でした。

こんな人が学校の先生やってたなんて、
生活するためとはいえ
大変な仕事をしてきたね、お父ちゃん!笑

父がまだ現役教師として仕事をしていたとき
よく「生活保護をもらってでも学校に行きたくない」と
布団の中で漏らしていたものです。

登校拒否生徒なんてたくさんいましたが
登校拒否教師だよ。笑

それくらい、大変だったんだよね~!


そんな父を、私は尊敬し、愛し、誇りに思いますよ。
この父を選んで生まれてきたな、と心底わかってます。笑


母は母で、結婚するまではとことん好きなようにやりたいように
生きてきた人で。

結婚してからは嫁いだ家に尽くす!絶対実家には帰らない!と
心に決めて嫁いだそうですが。


結婚してみればまぁ、両親との同居でまったく自由のない生活に。
祖母が家事をやらない人でしたから
食事作りも母が一人できりもりし、とにかくよく
動く働き者の嫁でした。

健康だったから体がもったんだよね、と
今でも言うほど
朝から晩まで大人数の家族の世話を
こまめによくする人です。


父との衝突で、さすがの母もまいったことが何度かありました。


「離婚すれば?離婚してもいいと思うよ。
そこまで言われたら」と、私が電話で
母に離婚をすすめたことがあったのですが

母は一言
「お父さんやあんたたちのために、ここまできた。
離婚は絶対にしない」


すごいなぁ。
ここまで人に尽くすことができるって。



料理も上手だし、何より笑顔が素敵な母。
あんな母になりたい、と思いつつも
あぁはなれない、と失望もしました。笑

尊敬し、憧れのまとの、母です。

でも、ま、私は私だし←
母は母だしね!



そんな夫婦な両親です。

もし母が先に逝くことになったら
父は即ホーム行きだよね、と私は言います。

母ほど父を世話する人はいないし
父ほど母を必要としている人は、いません。

誰もかわりはできないので
母亡きあとの父のお世話を
娘の私が、できるはずもないからです。

「いいホームを探してあげるからね!」
と、私。
「母さんに次の人をあてがってもらう!」
と、父。
そんな会話を笑いながら母は聞いております。

「次の人がきたってさ、お母さんほどの人がいるわけないよ。
きっとストレスたまって追い出すはめになる!」
こっそり母にもらします。



晴れの日は、晴れの日で楽し。
雨の日は、雨の日で楽し。




縁があって家族としてここに生まれてきたのだから
家族内での学びは様々でした。
他人様で学ばせて頂くのではなく、身内でたいていのことは
学べたんじゃないかな、と思うほどです。
だからこその家族なのでしょうね。

家族だからこその特別な何かがあって
その特別加減が、「いい加減」になると
もうあとは野となれ、山となれ。

野もよし、山もよし、すべてよし、で
まぁるく落ち着いてくるというもの。


次に人として生まれる機会があるのなら
またこの両親のもとに
産まれてくることを選びます。
この人生、もう一回やってもいいかな、と
最近よく思います。
まだ終わってないけど。笑


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