「酒は飲んでも飲まれるな!」

酒は飲み物である。
だが、酔ってセクハラ、暴力はいけない。
「酒に酔っていた、だから記憶にない」はまるで酒を悪者にしているに過ぎない。
酒は出来上がりまで様々な工程を経ている。

まずは原料だ。
世の中、いろいろな酒があるが、例えば日本酒だ。
日本酒は始まりは米作りだ。
種籾を蒔き、苗を育てる。
昔はこの過程からお百姓さんは始めたが、現在は稲苗を専門に育てる農家さんがいる。
その苗を農協を通じて仕入れ、田植えをする。
田植えの前には田起こしとか、肥料を撒いたり水を引いたりと地均しを行う。
そして米農家は稲を守り、秋に収穫する。
収穫した米は脱穀して玄米として出荷するが、田植えから出荷までの間に様々な労が費やされる。

出荷した玄米を酒蔵が仕入れる。

仕入れた玄米を精米し、磨きに磨きをかけて、我々が食す白米より高い精米歩合に精米する。

酒造りに欠かせないのは麹菌だ。
遥か昔は麹菌は天然のものを使っていたから、雑菌が混じりやすかった。
現在は食品に欠かせない麹菌、納豆菌、乳酸菌、またワイン酵母を含む各種酵母を培養して販売する企業があり、昔に比べて素晴らしい菌や酵母が作られている。
タカラバイオ、協和発酵工業なとなど、研究者や工場で菌や酵母を培養して製品にする技術者などの労がある。

蔵元はそうした様々な労と工程を経た材料にて日本酒を仕込む。
蔵元の人たちの労が費やされる。
日本酒に欠かせないのは清らかな水。
蔵元はそうした清らかな水資源の保全も欠かさない。

「酒の一滴は血の一滴」
「酒は生命の水」

酒は原材料の生産から酒の造り手に至るまで、また酒の完成までに様々なドラマを経ている。

酒の出荷の容器も様々な工程をたくさんの人たちの労が費やされる。

「酒の一滴は血の一滴」
「酒は生命の水」

一滴の酒、一粒の米以上の労がある。
一滴の酒、どんだけの人々の汗水が、気持ちが込められているか…

また、様々な労はあれど、酒は人が造るというより、微生物が酒を造る。
自然の飲み物なのである。
(納豆は納豆菌、ヨーグルトは乳酸菌が造る。人はその手助けを尽くす。酒も同じ。)

酒に酔ってセクハラしたり暴れて、記憶ないとか、酒のせいにするのは酒に対する冒涜だ!

あと、酒は飲めない、飲まないと、飲酒しないから酒とは関係ないって思う日本人が多すぎだ!
酒とは関係ないならば日本料理は一切口に出来ない。
そんなことをいう人が粕汁に粕漬、みりんや醤油といった調味料を味わっているのだから呆れる。
粕汁や粕漬は酒粕、みりんはアルコール調味料(本みりんは酒類扱い)、醤油には醸造アルコールが添加されている。
大体、甘党の人くらい酒のお世話になっていることを知らなすぎだ!
温泉まんじゅうや酒饅頭もしかり。
洋菓子のマロングラッセとか、ケーキのサバランなんか酒を使っている。
ストレートに酒は飲めないとしても、お酒のお世話になっているのだ。

食文化に酒は欠かせない。

酒は飲んでも飲まれるな!

どんなに酔っても、意志を強く持てば酒に飲まれることはない。

俺は一日に焼酎を一升飲み干す。
しかし、意志を強くしたら酔っても泥酔はしなくなった。
むしろ、酒と対等に付き合い、お陰で名案が浮かぶ。

少林寺拳法に酔拳がある。
酔っても酔いを正しく使う…

俺はどんなに酔ってもいい、その酔いを正しく利用して自分の糧に、また酔って人助けを…(笑)

飲酒酔道!(笑)
↑と、勝手に名付けた。(笑)
あ、イイネ!

茶道、華道、武道、そこに新しく酔道って…(笑)

酔道の師範は俺がなる!(笑)