生まれも育ちも、そして現在も横浜線沿線。
日本で最も好きな路線は横浜線だ!
横浜線は元々は明治時代に山梨の生糸商人たちによる資本によって、八王子から横浜港まで生糸を運ぶために作られた鉄道で、前身は私鉄の横浜鐡道だった。
後に旅客化されて国鉄となり、さまざまな変遷を経て現在に至る。

1970年代まではC58型蒸気機関車が貨物を牽いていたらしい。
そして、自分が小学生低学年の頃までは、冷房が無いチョコレート色の通勤電車で旧型国電の72系が走っていた。
また、横浜線は京浜東北線や山手線で使われていた通勤型電車の103系のお下がりを使っていたから、ウグイス色やらスカイブルーやら…時には中央線快速の橙色、常磐線の青緑色の電車まで混じって走ったこともある。
そうそう!1980年代以前は横浜線沿線では新聞を荷物専用の電車で運んでいて、各駅で新聞屋さんが到着待ちしていたっけ…

俺が高校生の頃だった…
それまでは横浜線は他路線のお古の車両ばかりだったのに…
何と!
当時は山手線の新型車両だった205系が横浜線に導入されると!?
しかも横浜線専用カラーで!
横浜線は国鉄時代からローカルながらも黒字路線だった。
国鉄からJRになってもドル箱路線だった。
一般公募で路線カラーは決められたらしいが、当時は斬新な色だった!
1988年のことだった。
昭和が終わり、平成に移り変わる時代…

あれから26年以上も走り続けたんだ…
俺も年を取った…
その間、日本も世界もいろんなことがあった…
俺の人生も…(笑)
時代は昭和から平成に変わり、平成になってからは日本も世界も社会的、経済的に激動の26年間であった…それは今なお…


菊名~大口駅間の寺尾トンネル前は俺のアパートから近い。
住所は菊名3丁目かな?
13日の午前中に撮影に!

ヘッドマーク付のこの205系は横浜線に最初に導入された編成で昭和63年に導入。




JR東日本では山手線、京浜東北線、埼京線、横浜線に導入された6扉の車両。
朝9時以降でないと座席に座れなかった…
乗客からは評判が悪かった…
JR東日本の6扉車両は京浜東北線から無くなり、やがて山手線と埼京線から無くなり…
8月14日現在では横浜線で走る205系電車のみ…


このヘッドマークは京浜東北・根岸線との誤乗車対策に103系時代の前面に取り付けられていたのを思い出す…
205系では横浜線開通100周年かな?
感謝!
いや、こちらこそ感謝だ!
今までありがとう!




尚、横浜線で活躍した205系は引退はしない!
インドネシアに旅立って、インドネシアで活躍する!
いつの日か、再会したいな!
国際都市のひとつである、横浜市内を駆け巡った205系!
意外と空調も快適だった車両たち!
インドネシアの方々に快適を与えてこれからも活躍して下さい!


横浜線の新たなる顔!
E233系6000番台は横浜線専用の電車!
205系の跡を継ぎ、ラインカラーは同じ!
車両側面には「Yokohama Line」と記されており、沿線の樹木でもあるケヤキの木の葉をイメージして記されている。
各編成の運転室扉脇には沿線各駅の名所や象徴のイラストと駅名が!


横浜線はここ長いこと、首都圏近郊路線としてあくまでも通勤路線としてしかおもわれていなかったようだが、横浜線沿線は実は小さな観光路線でもある。
通勤通学路線としてだけでなく、観光路線としてとは案外と首都圏に近い路線では珍しいかもしれない。
南武線もある意味では共通する。南武線も同様にE233系が導入されるけど、南武線も盛り上げたいね!神奈川県在住の森林インストラクターとして。