鉄道車両の台車って実に様々な形をしていて、形態分類している方もかなりいると思います。台車の役割として重要なのは加速や減速時の力(牽引力)を車体に伝えることと、車体の振動を緩和すること、それから線路上をスムーズに走行させることなどがありますが、どういう仕組みでそれらの役割を果たしているのかが意外と難しいなと思ったので、自分の向学のために研究してみようかと思います。何分素人の取りまとめなので間違いも多いかと思いますが、その際には御指摘戴けると幸いです。

 

 では台車の種類を大雑把に分類しつつ台車の構造と仕組みを探ってみることにしましょう。第1回目は揺れ枕吊り式と呼ばれる台車です。揺れ枕吊り式はスイングハンガー式とも呼ばれています。


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 これは東武7300系が装着していたTR25形台車ですが、元々は鉄道省TR25形改めDT12形と同形です。DT13形は戦前形旧型国電に幅広く採用されていました。ちなみにこの台車は埼玉県越谷市のコスモス児童館で保存されています。

 

 そしてこれは国鉄103系が装着していたTR212形台車で、見た目はTR25形と全然違いますが構造は同じ揺れ枕吊り式です。このTR212は鉄道博物館の入り口前に展示されているものですが、パーツ毎に分解してあるのでとても勉強になります。

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 揺れ枕吊り式台車で車体を直接支える役割を果たすのが上揺れ枕です。なお揺れ枕は英語ではボルスタといいます。現代のボルスタレス台車はこのボルスタが存在しない台車というわけですが、そのお話はまた改めて。

 上揺れ枕の中央部には車体の中心ピンが乗っかる心皿があります。写真では見えませんが、心皿は車体の重さを受けると共にカーブなどで台車が首振する際の中心点を定め、なおかつ車体と台車の位置関係をキープしてくれます。また車体と台車の牽引力伝達も心皿の役目です。

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 上揺れ枕左右には側受という台が付いています。これは車体が左右に傾いた(ローリング)際の転倒を防ぐための支えです。古いタイプの台車では通常車体と接しておらず、傾いた時のみ接する構造だったのですが、後期の台車は常に車体と接していて、台車の蛇行動(ヨーイング)も防ぎます。その結果揺れ枕吊り式台車では心皿と側受が車体と擦れるため擦り板が摩耗してしまうことになります。なお上揺れ枕は基本的に台車枠と連結はしていませんが台車枠の揺れ枕守を接触しているため、前後方向の動きを拘束すると共に牽引力の伝達を行ないます。この牽引力伝達方式を揺れ枕守方式というそうです。

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 さらに写真の181系用TR58台車のようボルスタアンカというリンクで連結して牽引力を補う台車もあります。この台車は鉄道博物館や交通科学博物館などで見ることができます

 

 車体と台車の間の振動を緩和するのが枕バネです。古くは金属製の板バネ、そしてコイルスプリングが主流でした。また軽量化を意識したディーゼルカーでは積層ゴムを採用した例もありましたが、最近では空気バネが主流となっていますが役割は同じです。台車によってはオイルダンパを併用して振動をスムーズに抑える機能を持たせたものもあります。写真のTR58形はオイルダンパ併用空気バネ式の枕バネを採用しています。なお空気バネは空気圧縮機で作った圧搾空気を供給する必要があり、空気バネのパンクなどを検知するための高さセンサが設けられています。

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 また車体の傾きを抑制するためにアンチローリング装置を備えた台車もあります。写真の2425形用TR217台車にもアンチローリング装置が備わり、台車枠と上揺れ枕が連結されています。なお余談ですが、博物館などで保存されている車両の空気バネは基本的に空気が入っていないパンク状態です。

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 枕バネは下揺れ枕の上に乗っています。下揺れ枕は台車枠と吊りリンクで連結されていますが、左右に揺れることが可能な構造になっていて、車体の横揺れを台車に伝えることを防ぐ役割も持っています

 

 上下振動を緩和する装置は前述の枕バネともうひとつ軸バネがあります。軸バネは、車軸を支える軸箱と台車枠の間に配置され車軸と台車枠の上下振動を緩和します。軸バネの取り付け方は、軸箱の直上に軸バネを配置したタイプと軸箱の前後に2本の軸バネを配置したタイプにわけることができます。

 さて軸箱と台車枠は上下動することで振動を緩和するわけですが、左右及び前後方向に軸箱が動いてしまうと蛇行や脱線の原因となってしまうため、軸箱を支持する機構が必要になります。この軸箱支持装置はものすごい種類がありますが、昭和時代の国鉄形台車の主流は軸箱守を用いた軸箱支持装置です。軸箱守は英語ではペデスタル言います。写真のTR58のように、前後に軸バネを支持する台座を備えた軸箱を持つタイプでは、その形状からペデスタルウイング式と呼ばれていました。

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 車軸は高速回転するため、軸箱の中には軸受と呼ばれるベアリングが収まっています。TR212の場合は円筒コロ軸受を採用しています。この方式では左右方向への動きを抑制するために鍔がつけられたタイプが基本となりますが、最近は鍔を省略できる円錐コロ軸受も普及しています。ともあれ軸受もいくつか種類がありますのでまた改めて研究しようと思います。

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  このペデスタル式軸箱支持が主流となる前は、前後の軸箱を連結した釣合梁に軸バネと配置して台車枠とつないだイコライザー形台車が主流でした。写真はクモハ11117DT10形台車です。

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 軸箱支持装置に関してはまた改めて紹介する機会を設けたいと思っています。



 というわけで、揺れ枕吊り式台車を簡単に説明してみました。次回はインダイレクトマウント式台車を研究してみます。

 北恵那鉄道の鉄橋を楽しんだ後、は山之田川駅後をかすめつつ北上。並松駅跡まで進みました。ここはホームがきれいな状態で残っているからですが、このように家に囲まれるような感じで広い構内もそのまま残っていました。中津町駅側にあるのは貨物ホームでしょうか。そしてホームの中津町駅よりには手すりまで残っていました。下付知駅側は少しだけ築堤が残っています。

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 美濃福岡駅から栗本駅付近までは福岡ローマン渓谷としてキャンプ場などが整備されています。恵那電廃線跡も遊歩道として整備され、付知川を渡る橋梁もこんなに立派になりましたが、これでは廃線跡らしく感じませんね。


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 遊歩道は栗本駅の手前で終了しますが、廃線跡はそのまま栗本駅を通って先まで続いています。周辺には民家が2件ほどあるだけです。路盤をよく見たらまくら木がまだ残っていました。恵那電の痕跡は色々な形で残っているみたいですね。


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 田瀬駅も立派なホームが残っていました。ホームがこれほどしっかり残っている廃線跡って意外と珍しいのではないかと思います。集落に近いこともその理由のひとつなのでしょうか? 大自然の中なら埋もれてしまいそうですものね。


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 ホームは終点のひとつ手前稲荷橋駅にも残っています。その駅名の通りホームの横にはお稲荷様の鳥居が残っていて印象的です。
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 終点の下付知駅跡は、2002年まで駅舎が残っていたそうです。構内は更地となっていますがなんとなく、何かがあったような痕跡があります。ここからは付知森林鉄道が出ていたようです。なお、免許的には付知の中心部まで持っていたようですが、用地買収がままならないまま免許失効となったそうです。


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 恵那電に関してはまだまだたくさんの痕跡があるようですし、通りがかったけど時間的にスルーした部分も多かったので、また機会を見つけてゆっくりと探索してみたいと思います(2011.4.2探索)

 北恵那鉄道は、岐阜県中津川市の中津町駅から恵那郡付知町(現・中津川市)の下付知駅まで22.6kmを結んでいた私鉄です。元々木曽川に建設された大井ダムによって筏を使った木材輸送ができなくなることの見返りとして建設され、1,067mm軌間、直流600Vの電気鉄道として大正13年に開通しました。



 地元では恵那電と呼ばれ親しまれていたようですが、昭和53918日には廃止。この頃はブルートレインブームから鉄道ブームへと移行して行く時期で、私が買った鉄道の本にも華やかなブルトレやL特急の紹介記事の片隅にひっそりと恵那電の写真があったような記憶があります。


 

 そんな感じですから恵那電に対する印象はとても薄いのですが、廃止33年後を経た今でも立派な鉄橋があるらしいと聞き、今回たまたま近くまで行く用事ありましたので駆け足で探索してきました。なお短時間の探索でしたので、本当に駆け足取材なのは予め御了承下さい。

 

 起点となる中津町駅と国鉄中央本線中津川駅の間には貨物連絡線も設けられていたようです。その路盤はJR東海の構内道路として利用されていますが、中津町駅へ向けての下り勾配が続いていたので、貨物の収受は意外と大変だったかも知れません。

札幌急行のブログ-JR中津川駅

 背後を振り返ると中津町駅。王子板紙の倉庫の右側に駅舎とホーム、車庫があったようです。ほとんどは駐車場になっているのですが、倉庫脇にはホームらしき土台もあったりします。
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札幌急行のブログ-中津町駅ホーム



 中津町駅から線路は緩く左にカーブを描きつつ工場と丘の間へ進んで行きますが、その路盤は放置状態で草ぼうぼうです。とても中津川市の中心部に近い場所とは思えませんね。


札幌急行のブログ-中津町駅構内札幌急行のブログ-中津駅~恵那峡口


 中津町駅のすぐ先には中津川を渡る鉄橋があります。現在は真上を道路が通っていますので道路から見ることも可能。ご覧のように最初の鉄橋はカーブしています。線路はここから中津川の西岸を北上し、再び中津川を渡ります。


札幌急行のブログ-中津川鉄橋 札幌急行のブログ

 北恵那鉄道最大のハイライトは木曽川の鉄橋。巨大なトラス鉄橋と築堤が残っています。昭和38年には橋脚のかさ上げ工事も実施されたそうです。多くのサイトに紹介されているように中津町駅側は砕石場の構内にあるため、立ち入るには許可が必要。恵那峡口駅側は集落に位置し、河原にも降りることができます。また平行している道路から見ることも可能です。

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 築堤は集落で削られていますが、路盤は道路として活用。この先に恵那峡口駅がありましたが、ホームの土台らしきものが残っているようです。道路は途中で途切れてしまい。うっそうとした廃線跡となりますが、この先には鉄橋がありますので、平行する道路から鉄橋へ向かいました。

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 恵那電は路線でも最も険しい区間に入って山越えし、その間に木曽川の支流を何度か渡りますがその中でも一番恵那峡口駅よりの鉄橋はかなり高低差があって迫力があります。実は今回一番見たかったのはこの鉄橋だったりして。


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 やっぱり廃線跡の鉄橋にはロマンを感じますね。次回はちょっとワープして並松駅付近から北上してみます。