螻蛄
おけら は懐かしい
ラジオから流れていたのを思い出す。
京都にあった福助、若い人は福助足袋の看板を見たことが無いかも知れませんね。実に愛嬌のある看板でした。お宝鑑定団で見たような記憶があります。
福助は、別荘を持っていました。この別荘、今どうなってるか判りません。
京都市左京区、比叡山の麓(ふもと)、修学院(しゅがくいん)離宮の近く、廻りは田畠ばかり。この辺りは風致地区に指定されてたので建築物は作れないはずですが、そこに別荘は在りました。
非公開。大阪堺の千の利休の茶室を、この地に移したとのことで、億の金がかかったそうです。
申請すれば、国宝。
だが福助のオーナーはしなかった。収拾家の本能、我が儘(まま)。大事な宝は自分一人のものにして、愉しむ。非公開も当然かもしれません。
お茶に携わる者には垂涎(すいぜん)の利休の茶室。
管理人の夫婦だけが別荘に住んでいました。広い回遊庭園の杉木立の中に、わずかに覗(のぞ)いた青空に向かって聳(そび)え立つ大木が在りました。
『タラヨウ』の木
この葉っぱの裏を強く擦(こす)ると、あとが残ります。古く万葉の頃、相聞歌(そうもんか)をこの葉に書いて愛しき人に出しました。相聞歌は恋愛のやり取りの歌が大部分を占めてます。
近ごろは郵便局の植え込みに、この木を目にするようになりました。この葉っぱに切手を貼って投函すれば、葉書として届けて貰えます。
「葉っぱに書くから葉書」、語源とされてるからでしょうか『郵便局の木』となっています。
星空見つめ、愛しき人に想いを馳せる、、出してみませんか、、、ロマンチックラブレター、、タラヨウの葉に書いて
byまさちゃん
エッ、茶室の説明が ナイジェリア 飛んでイスタンブール。⌒?意味不明?⌒。
福助の社長が秘宝にした茶室。彼の心を汲んで、省きました。ごめんなさい、、、



