●「天声人語」
●(天声人語)
人の内心を罪に問う

(05/23)

 「欠食児童に学用品を」と呼びかけるポスターは、

「地主と凶作にあえぐ農民を解放せよ」とあおる狙い。

雪かきに励む男児のまなざしが熱いのは、

「作者の階級意識」の表れ--。

何でもない絵画やポスターに

官憲が体制転覆の意図をこじつけた時代がある。

▼1941年から翌年にかけ、北海道で美術教師や生徒ら二十数人が

「絵で共産主義を広めた」として

逮捕投獄された。

「生活図画事件」と呼ばれる。

▼そのひとり、菱谷良一(ひしやりょういち)さん
(95)は

19歳の師範学校生だった。

「共産党員ではなく、
プロレタリアートなんて言葉も知らなかったのに、

あっと言う間に思想犯へ仕立てあげられました」。

学生の日常を描いた作品「話し合う人々」を、

取調官は
「共産主義を熱心に学ぶ姿」だと

決めつけた。

退学させられ、
有罪判決を受け、
徴兵され、
戦後は会社員として静かに暮らした。

▼治安維持法は

悪法の代名詞として知られるが、

議会で司法相は力説した。

「無辜(むこ)の民にまで及ぼすことのないよう十分研究考慮した」。

成立すると、

厳罰化を重ね、

摘発対象は

芸術家、教師、学生へと広がった。

▼「法解釈なんてどこまでも拡大できる」

と菱谷さん。

「特定秘密保護法も共謀罪も

市民を痛めつける

武器になる。

根っこは治安維持法に
通じます」。

▼衆院ではきょうにも組織的犯罪処罰法の改正案が可決されようとしている。

277もの罪を

計画段階で

処罰できる。

人の

内心に

罪の札を

貼ることがいかに

簡単か。

戦中を生きた世代は忘れてはいない。

(05/23 05:00)