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●テレビと芸能界のもはや隠しきれないタブー

東洋経済オンライン
[1/12 06:00]

2017年、テレビはどこへ向かうのか?(撮影:梅谷秀司、尾形文繁、今井康一)

元日早々、今後のテレビ業界と芸能界を左右する注目の出来事がありました。

「ワイドナショー」(フジテレビ系)に出演した松本人志さんが、

「いまだに事務所の力関係があり、大きい事務所のスキャンダルは扱えないことがある」

「でもそういうのは一般の人にバレていて、『何であのニュースを扱わないの?』と思われてしまう」
とコメントしたのです。

「テレビ業界と芸能界におけるタブー」とも言われる内容であり、

自身も大手芸能事務所の『よしもとクリエイティブ・エージェンシー』に所属しているだけに、

思い切った発言であるのは間違いありません。

松本さんは続けざまに、「ネットでさんざん上位にあがっているのに、テレビのワイドショーでは一切扱わない違和感に、テレビ業界の人たちもそろそろ気づいてほしい」

「じゃないと、テレビはどんどん時代遅れになっていくし、『芸能界ってやっぱり変な世界やな』って一般社会と離れていっちゃうのが、僕は寂しいというか悔しい」
と熱く語りました。

さらに、その4日後。
1月5日放送の「バイキング」(フジテレビ系)が、あえて松本さんのコメントを紹介して議論のテーマに選びました。

これも異例のことですが、さらに驚かされたのは

小倉智昭さんが、
「(松本さんのコメントは)そのとおりでしょうね。そういう縛りみたいなのがありますよ」と
あっさり同意したこと。

また、MCの坂上忍さんから
「これまで(『とくダネ!』などでは)どのように整理つけてきましたか?」

と尋ねられると、
「長く仕事をもらうためにはしょうがない」
と苦しい本音を漏らしたのです。

■昨年の芸能ニュースに残る疑問

両番組でのコメントはすぐにニュースとなり、ネットを中心に反響を集めました。

その多くは、「松ちゃん、よくぞ言ってくれました!」
「小倉さんもよく開き直ってぶっちゃけたな」
という好意的なものばかり。

テレビ業界と芸能界に大きな影響力を持つ2人のコメントで、

「これまで抱いていた違和感や不満が少しだけスッキリした」
という人が多かったのです。

思えば昨年は、
SMAPの独立・解散、
能年玲奈が「のん」に改名、
『日本レコード大賞』の買収疑惑、
アイドルたちの恋愛ゴシップ、
好感度タレントたちの不倫

など、視聴者が芸能事務所の対応、テレビ局の報道、両者の関係性に疑問を抱くニュースが多数ありました。

『週刊文春』などの雑誌とネットメディアが報じているのに、テレビはスルー。

あるいは、大手芸能事務所の意向に沿うような形での報道にとどめ、

掘り下げることはなかったのです。

松本さんは、
「(大手芸能事務所のスキャンダルに)触れないことで、結局いちばん損するのはタレント。

(視聴者は)どんどん離れていって、誰も芸能界を信用してくれなくなる」
という不安を隠しませんでした。

そんな危機的状況を変えられるかどうかは、当然ながらテレビ局と芸能事務所次第。

「これまでのようにスルーしてしまうのか」、

それとも
「スタンスを変えられるか」、
岐路に立たされているのです。

特筆すべきは、2つの番組がともにフジテレビ制作であること。

『ワイドナショー』も、『バイキング』も、もともとワイドショーの枠を超えたコメントや議論の見られる番組ですが、

それでもこれほど踏み込んだ発言をすることはありませんでした。

フジテレビといえば、視聴率の低迷が叫ばれ、

何かと批判の対象になりがちですが、

実はこのようにデリケートな問題をどの局よりも扱い続けていて、

そんな真摯な姿勢はあまり知られていません。

■太田光、恵俊彰は今、何を思う

実際、昨年12月24日に放送された「新・週刊フジテレビ批評」(フジテレビ系)で、

今回の松本人志さんとほぼ同じ内容の発言を

私自身がしていました
(余談ですが、隣のスタジオで『ワイドナショー』の収録をしていました。

隣り合わせの両スタジオで、テレビ業界や芸能界に関する提言をしていることになります)。

撮影現場では、そのようなコメントを止められるどころか、

「テレビ業界をよくするためにどんどん話してください」
「フジテレビの批判をしてもらって構わない」
というスタンス。

ちなみに、私は他局にも出入りしていますが、
そのようなスタンスでコメントを求められたことはありません。

「ワイドナショー」の裏番組には
「サンデージャポン」(TBS系)、
「バイキング」の裏番組には
「ひるおび!」(TBS系)や「ワイド! スクランブル」(テレビ朝日系)がありますが、

松本さんや小倉さんのようなコメントはなし。

たとえば、松本人志さんのコメントを聞いたMCの太田光さん、恵俊彰さん、橋本大二郎さんは、

何を感じているのでしょうか。

もしかしたら、
「俺だって同じ気持ちだ」
「言いたくても言わせてもらえないんだよ」
という心境なのでは、と思ってしまうのです。

現在、フジテレビを視聴率で上回っている各局は、
これまでのようにダンマリを決め込むのでしょうか?

現在の視聴者は多くの発信ツールを手に入れて自分の意見を持っているだけに、

舵取りを間違えると思わぬ反発を食らいかねません。

そう思っていたとき、
知人から一通のメールが届きました。

知人は、

「『ぴあ映画満足度 2016ランキング』の1位に選ばれるほど名作の『この世界の片隅に』

(2位は『君の名は。』、
3位が『ズートピア』)

をテレビが扱わないのはおかしい」

と激怒していたのです。

さらには、
「どうせ、のんが主演声優をしているから
自主規制しているんでしょ」

とあきれていました。

やはりテレビ局と芸能界の悪しき商習慣がバレているのです。

視聴者の多くは長年こうした違和感を抱いてきたものの、

「うわさレベル」という状態でとどまっていました。

しかし、昨年大きな芸能ニュースが続いたため、ネット報道とテレビ報道との決定的な差に確信を持ったのです。

視聴者の多くは大手芸能事務所の名前や力を知っていますし、

それらにおもねるテレビ局を批判しはじめています。

それどころか、すでにテレビや芸能界に見切りをつけ、

ほかのエンターテインメントに時間を割く人も少なくありません。

ファン離れがはじまっている状態であり、テレビ局と芸能事務所は共倒れの危機にあるのです。

■テレビと芸能界は正直さがマストに

『バイキング』で水道橋博士が、
「どこの業界だって商取引のあるところに忖度しなくてはいけないことがある(から大手芸能事務所の意向に沿うのは仕方がない)。

だからテレビ局は、報道と芸能を分けてほしい。

まったく違う分野だから、別会社でやってほしい」
とコメントしていました。

「同じテレビ番組でも、報道の会社は正直に、
芸能の会社は商習慣をもとに作ればいい」
というわけです。

視聴者サイドとテレビ局&芸能事務所サイドの間に入るような、

いかにも芸能人識者を思わせるコメントですが、

残念ながら現在の視聴者はそのようなすみ分けで納得してくれません。

視聴者は
「言いたいことは分かるけど、テレビと芸能界は正直にやるべき」
「テレビ以外の業界だって、今は誠実さを求められている」
と思っているのです。

また、昨年の報道を見た視聴者の間に、

「ベッキーやSMAPの謝罪会見を見ても分かるように、

どうせバレてイメージが悪くなるのだから、正直であるべき」
という見方が定着しました。

次々に不倫スクープをした『週刊文春』に「文春こそ正義!」という声が集まったのも、

大手芸能事務所の意向を気にしないからにほかなりません。

週刊誌業界は『週刊文春』に引っ張られるように、他誌も活気を取り戻しつつあり、

今年も昨年同様の報道姿勢で人々の注目を集めるでしょう。

ひるがえってテレビ業界はどうなのか?

昨年9月に、テレビ朝日の社長定例会見で早河会長が、

記者から「芸能事務所の影響力は大きいのか?」と聞かれて、

「スターは大衆が決めるもの。事務所の影響力で(テレビ局が)右往左往しているように見られるのは残念です。

ジャニーズ事務所も芸能プロのひとつに過ぎない」
と発言して話題を集めました。

その後、すぐに動きがあるわけではなかったものの、

発言そのものが異例であり、

テレビ局と大手芸能事務所のパワーバランスに変化が生まれているのは間違いありません。

2017年は「テレビ局は芸能事務所の影響を受けない」というコメントを証明できるのか?

テレビ業界の姿勢が問われる一年になりそうです。

もう一度、テレビ業界と芸能界の現状を整理しておきましょう。

2017年1月の時点では、松本人志さんと小倉智昭さんらタレント個人が、

「核心に迫る勇気あるコメントをした」

という段階に過ぎません。

振り返れば、デーブ・スペクターさんも昨年SMAPの騒動時に、

「いちばんパイプがあるはずのテレビが

独自取材しないことに

違和感を覚える」

とコメントしていましたが、議論に発展することなく終わりました。

今後も、タレントたちが勇気を出して声をあげるとともに、

番組の制作スタッフや、ひいてはテレビ局全体で、それに応えられるかがポイントになります。

今のところ、フジテレビだけがこの危機に取り組む姿勢を見せていますが、

単独では限界があるのも事実。

たとえば、フジテレビだけが『週刊文春』のような
「親しき仲にもスキャンダル」という姿勢を貫いたら、

他局よりもキャスティングで不利になるなど番組制作に支障が出てしまうため、

なかなか踏ん切りがつかないのです。

やはり民放各局が足並みをそろえてテレビ業界の適正化をはかるしかないでしょう。

目先の、しかも自局の利益ばかり見ていると、

目の前に迫っている危機を見過ごし、近い将来の大きな損失につながりかねません。

民放各局はネットへの対応を迫られ、2015年10月に見逃し配信ポータル
『TVer』を立ち上げましたが、

多様化するエンタメとデバイスの中で存在感を維持していくためには、

そのとき以上に足並みをそろえる必要があるのです。

年を追うごとに民放各局の情報番組が増え、現在は「早朝の5時台から夕方の18時台まで情報番組が続く」状態になりました。

これまでのような
「このスキャンダルは扱うけど、

これは大手芸能事務所絡みだからやめよう」

という

悪しき商習慣が浮き彫りになりやすいタイムテーブルにしたのは

テレビ局であり、みずから逃れられない状況に追い込んだとも言えます。

私の知っているテレビマンにも、大手芸能事務所の意向を汲みながらの番組作りに、

忸怩(じくじ)たる思いを抱き続けてきた人たちがいます。

昨年大きな芸能ニュースが重なったことで、彼らの頭に

「仕方がないじゃん」ではなく、

「このままでいいのか?」という疑問が生まれてきたのは朗報と言えるでしょう。

■ドラマやバラエティも実力優先へ

テレビ局にとって芸能事務所との関係適正化は、超えるべきハードルこそありますが、

少なくともスポンサーとの関係性より繊細ではないことは明白。

今回の出来事は、まだ小さな動きに過ぎないものの、期待感あふれる第一歩であることに疑いの余地はありません。

芸能ニュースの自主規制が解けるだけでなく、ドラマやバラエティのキャスティングに、

「芸能事務所の大小ではなく実力優先」の姿勢が貫かれれば、テレビの信頼回復にもつながるでしょう。

その姿勢は当然ながら番組の品質向上に直結しますし、

「やっぱりテレビはスゴイ」という期待感を取り戻せる可能性を秘めているのです。

芸能事務所との関係適正化が、今年なのか、数年後なのかは分かりませんが、

生き残りのために必ずやこの流れは訪れるでしょう。