●天声人語
●この人は手だれだ。慶応大教授の松井孝治(こうじ)さ…

5月22日 02:05

 この人は手だれだ。

慶応大教授の松井孝治(こうじ)さんは官僚時代、

首相官邸に勤務していてそう感じたという。

共産党の志位和夫委員長の国会での質問ぶりである。

自身は保守、志位氏は革新と立場は異なるが、

その力量はわかった。

▼今回も手だれぶりを見せたというべきか。

一昨日の党首討論について、

松井さんがフェイスブックに書いている。

安倍首相は〈まさに志位氏の術数にはまり恰(あたか)も

王手飛車取りに遭った如(ごと)き感がある〉と。

▼論題は首相の戦争観だった。

志位氏は1945年に日本が受諾したポツダム宣言に触れ、

先の戦争は間違っていたと認めるかとただした。

首相は答弁した。

「まだその部分をつまびらかに読んでいないので、直ちに論評することは差し控えたい」

▼志位氏は宣言の個別の項目に言及した。

細かい文言の記憶が首相になくても不思議はない。

「手元に用意がない」などとかわす手もあったろう。

しかし、

「読んでいない」は

いかにも具合が悪い。

米英や中国の人々が聞いたら、

どう思うだろうか。

▼ポツダム宣言は戦後の世界秩序の起点の一つだ。

首相はそれも読まずに、

「戦後体制(レジーム)からの脱却」を

唱えてきたのかという批判が出たのは当然である。

基本的な歴史の知識すら

欠くのでは、

と疑われても仕方がない。

▼本当に読んでいないのか、

とっさに言葉を選び損ねただけなのか。

参院議員や官房副長官も務めた松井さんは著書に書いている。

「政治家は、言葉で生き、言葉で滅びる」。

まして首相の言葉は重い。

■朝日新聞社