切れないハサミは、ハサミなのか? | 新しい世界へ

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切れないハサミは、ハサミなのか?

 

 

切れないハサミは。ハサミなのか?

 

これは非常に大切な問題で、人間のようで人間の資質を持っていない人は人間なのか?、と同じく重要な問題です。

 

私にとっては、ですが。

 

かつてとっても愛着を持っていた、日本製の小さな、ちょっとオレンジがかったすごく切れるハサミを持っていました。

ひと昔のハサミです。

 

いつの頃出会ったのか、それがあるだけでとてもハッピーでした。

とにかくよく切れるし、とっても可愛いハサミで、同じようなハサミに出会うことはあれからないです。

 

人生いろいろあって、そのハサミを失ってしまいました。

とにかく、日常常に何かを切ることがあります。

そんな時に、絶対に必要なハサミです。

 

なので、残念、無念、で仕方なかったです。

 

ある人は、ものを切るハサミ、調理用のハサミ、なんとかのハサミと、いくつか揃えて持っていました。

 

しかし残念ながら、どれも切れない.....

 

ナイフも、小さなナイフから、肉用のナイフ、なんとかのナイフ、そしてピンクの日本の包丁のようなナイフ、とあります。

 

しかしながら、今ひとつ切れない。

 

ピンクの包丁のようなナイフ、期待して使ってみました。

もちろん、日本の包丁の切れ味を心に描いて。

 

!?

 

期待と、手の感覚のズレに、思いがついていかない。

 

全くもって、全然、切れない。

 

力任せに切るしか、切れない。何度試しても。

 

もう、唖然。

 

なんでこんなものを大事使っているのか? 分からない。

 

そんなこんなで、自分もストレスで、見ているだけでもストレスになり、ついに100均の、といっても一ドル75の日本製の包丁を彼女にプレゼントしました。

 

彼女は最初、切れすぎる、って....

でも、今は愛用しています。

 

でしょう。

 

ハサミは、やはり切れないと意味がないんじゃないんじゃないの?

そのハサミとしての存在意義がないんじゃないの、と、常にハサミを使いながら、生活にかけがえのないハサミの存在に、どれだけ重要かを噛みしめています。